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Channel: ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ(31DEC14まで/新ブログshiaoyama.comに移転済み)
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ところで…

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▼…ありとあらゆるニュースのうちで、これほど驚いたニュースはない。
 ニュートリノが光速を超えたというニュースだ。

 未来へのタイムマシーンはある。ありえる。
 光速に限りなく迫る列車があれば、その車中にいる乗客には時間がゆっくり流れる。
 そして、この列車が地球をぐるぐる廻ったあとに、駅で降りれば、ふつうに時間が流れていた外は、すっかり未来になっている。
 もう友だちも、愛する人々も死に絶えたあとの世界に、乗客は降り立つ。

 しかし、過去に行くことのできる列車はない。
 なぜなら、光速を超える物質が存在しないからだ。

 ところが、もしも光速を超える物質があるのなら、それに仮に人が乗っかれば、時間は逆戻りする!


▼ぼくたちは、二度と過去には戻れない。過ぎた時間は決して戻らない。すべての歴史も取り戻せない。やり直せない。
 そう理解し、覚悟するところに、人生観と世界観もある。

 それが、過去に戻れるとなると、やり直せることになり、歴史も変えることができることになる。
 これこそまさしく時間のパラドックスを生み、現在と未来も無限に、無秩序に変わってしまうことになり、世界が崩壊し、だからこそ「やっぱり過去への旅だけは、ない」ということにもなっていた。

 もしも、ほんとうにニュートリノが光速を超えたという実験が正しいのなら、その世界崩壊の始まりだ。


▼まぁ、やがてこの壮大な実験に見落としや欠陥が見つかって、「やはり光速を超えるものはなかった」と落着する…のかも知れないが、ホント、驚きました、このニュース。

「単純年齢」を問わず、頭と身体と魂が若い、若者よ、隠れた天才よ、物理学をやれ。
 残された最大のフロンティアは、まだ見ぬ荒野は、宇宙論にある。




*この地味ブログ、これからは、余談も、日々の点描もすこしづつアップしていきます。



急ぎ (すこし追記しました)

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▼みなさん、この地味ブログを訪ねてくださるみなさん、風が秋を通り越して、じかに冬に触っているようです。
 いかがお過ごしですか。

 ぼくは、ありのままに申せば、ちょっと目もくらむような過密日程と、体調不良と戦いながら、元気でいます。
 体調の不良は、2月17日に大腸の初期ガンを切除するために全身麻酔の開腹手術をし、そこから1か月も経たないうちに東日本大震災と福島原子力災害が起きて、そこからずっと、非力なりに力を尽くして走り続けてきたことの疲れに、よるものです。
 病気ではありませぬから、心配は要りません。

 ガンは、手術前の腸内カメラ検査で自分でも同時進行で見たときは、とても大きかったです。
 若い担当医は「青山さんがガンになるはずはないですよ」と、ちょっと不思議に思うほど何度も言ってくれましたが、ぼくは『こりゃ、ガンだよ。家系にガンはほとんど出ていないのにナァ。まぁ、よほどのストレスや無理、無茶をしてきたということだよね』とひとり、内心では考えていました。

 しかし、切除後の精密検査で、最初期の?期の、さらにその前の段階だったと分かりました。
 だから主治医も「転移の心配もありません。切って、それで終わりました」と断言されています。

 ただ、ガンは問題なくても、その後の腸閉塞でまさしく死にかけたり、ガン手術の前には尿管結石と、それから重症肺炎でこれも師の一歩手前まで行ったり、それらが続きましたからね。
 全部あわせての身体への負担が、そのまんま残っているうちに、祖国が運命の3.11を迎えましたから、正直、おのれの身体に構っているヒマなどありませんでした。
 それは今も同じですが、3.11から7か月が過ぎ、つもりに積もった疲れが凄まじい勢いで、どっと噴き出している感じです。

 原稿の遅れなどで、迷惑をかけています。
 関係のみなさん、あらためて、ごめんなさい。
 しかし、この10月のうちに、すべての遅れを取り戻します。

 ぼくには信頼する鍼師(ハリ師)がふたりいます。
 そのうちのひとり、Sさんは「鍼を施術していると、青山さんの全身の細胞は、もともとは超人的なものという実感がありました。それが、全身麻酔と、開腹のショックで、普通人の細胞になっている。だから超人的な日程に耐えるのが、たいへんなのです。いずれ元に戻ります」と話してくれました。


▼さて、今朝は、急ぎのお知らせがふたつ、あります。

▽ひとつは、独研(独立総合研究所)のインディペンデント・クラブ(IDC)の会員の追加募集です。
 IDCは現在、第1期の会員として、300人の会員がいらっしゃいます。
 独研内のIDC事務局は、「会員をきちんとケアするためには当面、これ以上は、会員数を増やせない」という判断でした。
 しかし、入会希望者は、驚くほど沢山いらっしゃいます。
 そこで、ぼくは独研の社長として、新たにひとり社員を増やし、そのうえでIDC事務局と、独研の総務部と慎重に協議を続けてきました。

 そして、第1期の追加募集をおこなうことを決しました。
 以下に、募集要項を記します。

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*インディペンデント・クラブ 第1期(2回目) 募集要項

■募集期間
2011年10月7日(金)9:00 〜 2011年10月13日(木)17:00

※先着順です。

※定員になり次第、募集期間中でも受付を終了しますので、
あらかじめ、ご了承ください。

■活動開始 2011年11月1日(火)〜
募集人数 100名

■申込方法
独研の公式HPで、利用規約をお読み下さい。
利用規約に同意いただけましたら、独研の公式HPにある「申込フォーム」ボタンをクリックし、リンク先のページよりお申込みください。

※募集期間になりましたら、「申込フォーム」ボタンを表示します。それまでは表示されません。

※受付OKとなったかたには、独研から会費の振込先をお知らせします。

※「申込フォーム」以外からのお申込みは受付していません。ご了承ください。

■会費 入会金:10,500円(税込) / 年会費8ヶ月分:8,400円(税込)

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 インディペンデント・クラブ(IDC)はこれまで、国会見学会を二度おこない、ヤマヒロさん(関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」のメインキャスター、山本浩之アナ)と一緒のミニライブを含む「京都集会」などをおこなっています。
 きょうはチャンネル桜の「青山繁晴の答えて、答えて、答える」の収録見学会と懇親会もやります。

 

 インディペンデント・クラブの会員には、事務局から「IDC通信」も届きます。
 まもなく、創刊号が発送されると思います。
 そこには、上記の国会見学会や「京都集会」のようすや写真、さらには、青山千春博士の執筆による「がはは 青山繁晴のできるまで」という赤裸々な(…ほんとに)連載コラムや、ぼくのミニコラムなどなどが掲載されています。



▽さて、もうひとつは、福岡県の個人のかた(薬局の店主さん)が、一生懸命に、ぼくの講演会を開いてくださいます。
 その志にお応えするために、お知らせしておきたく思います。

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講演名: 青山繁晴講演会 in 小郡
    「日本だけが放つ光を掲げよう」

主催:青山繁晴講演会を開く会

開催日時:2011年11月27日(日)
開場 10:00
開演 13:00
場所:小郡市文化会館(大ホール)
   〒838-0142 福岡県小郡市大板井136-1
TEL:0942-72-3737

費用: 1,500円(全席自由)
   ※入場時には、チケットが必要です。
申込方法: 9月1日(木)AM10時より、下記にてチケットを発売致します。
購入に必要なPコード「619-857」

店頭(コンビニエンスストアーのセブンイレブン、サークルK、サンクス)の各
店舗にあるチケット販売機、チケットぴあ店舗、チケットぴあのホームページ上
で購入できます。

※詳細は、チケットぴあHPをご覧下さい。
※チケットは、チケットぴあにて、講演日当日の昼12時まで販売致します。
問い合わせ:青山繁晴講演会を開く会
TEL:090-3418-0209
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 この講演会は、あくまで個人のかたが、その驚嘆すべき熱意で開催されます。
 独研(独立総合研究所)の共催などではありません。
 すでに一度、おこなわれていて、ぼくは講演しながら、集まってくださった聴衆のかたがたの多さ、熱心さ、そして主宰の薬局店主さんの祖国と世界への真情に、打たれました。




諦めるのは早いですよ

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▼いま宮崎です。
 講演のために、緑のなか、海のそばの建物に、着いたばかりです。
 あと10分ほどで、講演を始めます。


▼インディペンデント・クラブ(IDC)の第1期の追加募集を、今朝の9時から始めたところ、あっという間に満員になりました。
 あまりに予想を超えて多いですから、さきほど独研(独立総合研究所)の総務部およびIDC事務局と電話で協議して、あと50人だけ、追加募集を増やすことにしました。

 募集は、週明けの10月11日火曜の朝9時から1週間の予定ですが、先着順ですから、1週間ももつ可能性はごく少ないと思います。

 それから、独研HPの応募ボタンに不具合があり、生年月日が入力できないというトラブルが最初にあったという報告も同時に聞きました。
 みなさん、心配かけて、お手間をかけて、ごめんなさい。

 …では、講演です。

最後に決まったのは12月21日の発刊です

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▼あす10月19日水曜の関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」は、ぼくは参加(出演)しません。ごめんなさい。
 最近の関テレの方針でロケをやりませんから、ぼくはVTRでも登場しません。

 予告なく休むと、「ついに倒れたんじゃないか」と心配されるEメールや書き込みが、ちょっとびっくりするほど来ますし、なかには「予告なく休むなっ」という怒りも届けられます。

 あすは東京で、福島原子力災害をめぐって、どうしても外せない講演があります。そのためです。
 講演は、東京・有明の東京ビッグサイトで開かれる「危機管理産業展2011」で午後1時からです。
「フクシマに光あり」と題して、ぼくが福島第一原発の構内深くに入った時のことを中心にお話しします。

 インディペンデント・クラブ(IDC)の会員には抽選で招待券も送ってありますから、ご確認ください。


▼上述したように、いつも生放送に参加している番組を休むと、「倒れたんじゃないか」と心配いただくのは、心配しすぎとか杞憂ではなくて、そりゃ、そう思われるだろうナァと、ぼくも感じますね。

 実際、この頃の体調不良との戦いは、自分で言うのもどうかと思いますが、ソーゼツ、セーゼツです。(壮絶、凄絶と書くのは、ちと恥ずかしい)

 2月17日にお腹を開けて大腸癌を切り取り、そのあとに重い腸閉塞を起こしながら地方の講演に約束通りに行って帰京し、「死ぬまであと40分もなかった」とドクターに言われたりしました。
 たまたま大腸癌の手術のまえに、痛い尿管結石、そしてやっぱり死にかけた重症肺炎もありつつ、入院はせず、そのまま動き、働いていましたから、体力はずいぶんと使いましたね。
 切り取った大腸癌は、その後の徹底的な精密検査で『?期の、その前』という、まったくの初期だったことが分かりましたから、今後の心配はありません。
 しかしとにかく、全身麻酔でお腹を開けたことの影響が大きいのです。

 ぼくは本来は、ジムのプロのトレーナーと鍼(はり)師によれば「超人体力」、命を二度にわたり救ってくれた近所の開業医によれば「恐ろしいほどの気力体力」があるそうです。
 それが全身麻酔でいったん生命の機能を止め、お腹を開けて腸を長く切り取ったために「普通人の体力」(トレーナーと鍼師)になっていて、元に戻るにはあと半年はかかるそうです。
 しかし過密日程のほうは手術前より、ずっと激しくなっています。
 そりゃ、そうです。
 手術から1か月も経たない3月11日から東日本大震災と福島原子力災害が始まったのですから。
 ここで座して、災害を傍観しているわけには、参りませぬ。
 これからも当然、変わらずに走り続けます。

 表には出ない重大な仕事も、格段に、増えました。
 それは原発へのテロを防ぐ実務です。
 福島原子力災害は、北朝鮮の人民軍、工作機関を含め、日本へのテロリズムを企図する側に、信じがたいほど沢山の情報を与えてしまいました。
 とにかく放射性物質を漏洩させれば、賢明な日本国民もどれほど広範囲に、深い不安を抱えるか。
 原発を襲うとき、強固に護られた原子炉建屋など狙う必要はなく、外側の電源を襲ったり、水を止めたりすれば良いのではないか…などなど。
 テロリストに今以上の情報を与えないために、これ以上は書けません。書くことができるのは、たとえば独研(独立総合研究所)からクローズドの完全会員制で配信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)だけです。

 しかし、いずれにしても、この新しい水面下の危機に備える仕事が、無償の公務を含め、ほんとうに増えています。
 だから、走り続けるのをやめるわけには、参りませぬ。
 ふひ。


▼体力が並みになったことで、いちばん影響を受けたのは、実は、執筆でした。
 ひとと一緒に行動しているときは、疲弊した心と身体のその奥から、根っこの力が湧きあがってきて、すべて乗り切れるのです。
 原発構内を含む被災地廻りも、上述のようなテロを防ぐ仕事も、そして聴衆のかたがたと一緒に考える講演会も、みな、ひとと一緒です。

 ところが執筆だけ、ただひとりです。

 もともと執筆時間というのは、何も確保されていませんでした。
 ひとと一緒に行動する仕事がすべて、いったん中断する深更(夜ふけ)から夜明けまで、あるいは揺れるタクシーの中、地下鉄、新幹線、飛行機の中だけが執筆時間で、それですべての本と東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)を書き上げてきました。

 しかし、全身麻酔で腹を開いたあと、この深更から夜明けに執筆しようとすると、どうにも座ってられない、眠りはしなくとも、いったん横にならないと何もできない、ということが続きました。
 そして乗り物の中でも、根気が続かない、揺れに身体をゆだねて目をつぶっていないと、次の日程に入る時、あまりにげっそり疲れて、周りのひとを驚かせてしまう。

 というわけで、執筆に関する仕事がいちばん遅れを出しました。


▼そのうえで、みなさんにお伝えします。
 これからは執筆の秋(とき)です。

「ぼくらの祖国」(扶桑社)は12月21日発売予定です。

 東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)は、今月のこの後半に集中配信します。


*写真は、きょうの富士です。
 ぼくは本日も出張の途上にあります。
 その揺れる機中から、秋の富士を、祖国の声に耳を澄ませるように、雲海のなかで一瞬だけ、見ました。

車窓から

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▼いま午後の新幹線の車内です。
 依然ほぼ毎日、飛行機か新幹線に乗っている日々です。
 さっき、無性にチョコが食べたくなって、車内販売でアーモンドチョコを買って、ぼりばり食べました。
 こどもの頃からチョコも大好きですが、この明治アーモンドチョコって、永遠のベストセラーみたいに昔からありますね。

 ぼくの出張には、独研(独立総合研究所)総務部・秘書室第2課(同行担当)の、一見は学生みたいにも見えるだろうけど気力たっぷり体力しっかりのOY秘書か、このごろ自然科学部長に加えて総務部長代理も兼務して大忙しの青山千春博士が、同行します。
 きょうは青山千春博士。
 さっき車内販売の女性が「プリ…もありますけど」と言うと即、青山千春博士が「あ、サワークリーム&オニオンをお願いします」ときっぱり。
 何が何だか分からないぼくは、「おぉ、プロの会話みたい。さっぱり分かんない」と思わず言うと、販売の女性と青山千春博士は「ぷぷぷ」と笑いました。

 女性から紙缶を手に取ると、「プリングルス 小腹レスキュー」と書いてある。要はポテトチップスだったけど、これが、うまい。
 紙缶に描いてあるサワークリームと玉ねぎの絵も、すっごく、おいしそ。
 青山千春博士は「これ、いま140円だったけど、百均で買うと100円です」と、さらなるプロ知識を披露する。
こんなうまい、おやつを、みんなふだん食ってるのか。いろいろ幸せな瞬間があって、いいですねー。

 きょうは、兵庫県加古川市にある「いなみ野学園大学」という生涯教育の大学で、すこし高齢のかたがたにお話ししてきました。
 高齢者のかたがたに話すときには、若いひとに話すときと、むしろ共通する眼の輝き、意欲が伝わってくる。
 きょうも、ぼくの先輩のかたがたに、つたない話ながら一生懸命にお話ししたけど、とにかく時間が足りない。
 いつもは、それでも、あと10分、あと5分、あと1分30秒と、講演主宰者と聴衆のみなさまに、こころからお願いして、延長して話すけど、独研の総務からは「新幹線に遅れますから、今回は絶対に延長しないでください」と言われていたから、すこし延長したところで泣く泣く、講演を終えた。
 ところが、新幹線の発車時刻に、まだ余裕があったことが分かって、がっくり。
 メタンハイドレートの話をしたかったのにナァ。


▼さて、独研がひらく自主講演会の第4弾を、東京でおこないます。
どなたでも参加できます。

 独研の公式HPにアップした告知文は、こうです。


 第4回 独立講演会

皆様には、ふだんから独研(独立総合研究所)の志にご理解をいただき、感謝を申し上げます。
さて独研は、制約のない発信のために自主講演会として「独立講演会」を立ち上げ、すでに3回実行し、驚くほど多数の熱心な参加をいただきました。
今回は、これまでご要望の多かった東京開催を初めて行います。
下記のとおり「第4回独立講演会」についてご案内申し上げますので、参加ご希望の方は以下の内容を熟読の上、お申し込み下さい。
多くの皆様のご参加をお待ちしております。

講演日 2011年11月20日(日)
開場:12時30分
開演:13時00分 〜 17時30分
講演内容 「さぁ、おのれを信じてこそ、祖国は甦る」
場所 有明フロンティアビル A棟4階会議室大

〒135-0063 東京都江東区有明3-7-26
ゆりかもめ「国際展示場正門」駅 直結
りんかい線「国際展示場」駅 徒歩3分
都営バス「国際展示場正門駅」

受講料 一般 5000円 / インディペンデント・クラブ(IDC)会員 4000円
定員 100名

※定員を超えた場合、抽選とさせていただきますのでご了承下さい。
申込期間
2011年10月26日(水)10:00 〜 2011年10月28日(金)17:00
※申込期間内のみ、申込を受付致します。
申込方法
募集期間になりましたら、独研公式HPに「申込フォーム」ボタンを表示します。
「申込フォーム」ボタンが表示されましたら、ボタンをクリックし、リンク先のページよりお申込み下さい。

※上記以外の申込みは、受け付けておりませんのでご了承下さい。

抽選結果通知 11月1日(火)午後以降
申込者全員に、当落の結果をメールにてお知らせ致します。
入金方法 当選された方に、メールでお知らせ致します独研指定の銀行口座へ、受講料をお振込下さい。
なお、振込手数料はご負担下さい。
振込期限 11月4日(金)午前中まで
※期日厳守でお願い致します。

受講票 ご入金が確認できました当選者にのみ、順次、受講票を記載したメールをお送り致します。
講演当日は、独研からの受講票のメールをプリントアウトしてご持参下さい。またお名前が確認できるものもご持参下さい。

※受講票をお忘れの場合、入場できませんので、ご注意下さい。
※プリンターをお持ちでない場合は、弊社からのメールを携帯のメールへ転送し、受付で携帯のメールをご提示下さい。

注意事項

今回の申し込みは、独研ホームページからのお申込みに限ります。
FAX、メール、郵便でのお申込みは受け付けておりませんので、ご了承下さい。
おひとり様で複数のご応募は、すべて無効とさせていただきます。


▼…ということです。
 みなさん、お会いしましょう、待っています。


▼それからテレビ大阪の「たかじんNOマネー」で、初めて、ナマ放送があります。
 2011年10月22日の19:00−20:54の2時間番組です。
 この日は、まず2本分を収録してから最後に生放送で、なんと8時間近く拘束され続けるという、かなり無茶なスケジュールです。
 ナマ放送の時は、もうボロボロだとは思いますが、よろしければ、どうぞ。

番組URL

疲れてはいても、健康な朝です。その朝に、ちょっとひと言。

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▼大阪に「ぼやきくっくり」さんというハンドル・ネームの、素晴らしい主婦のかたがいらっしゃいます。
 みなさんも、もうご存知ですよね?
 毅然とした愛国者にして、右でも左でもなく、まっすぐフェアな考え方、生き方をなさっている。

 この「ぼやきくっくり」さんは毎週毎週、関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の不肖ぼくのコーナー「青山のニュースDEズバリ」の全文の文字起こしをなさっています。
 何の報いも求めない、静かな、ご努力です。
 どんなにか時間と、根気が必要でしょうか。

 ぼくは文章は、僭越ながら、プロです。一字も忽(ゆるが)せにしないし、句読点をどこに打つか、それだけで徹夜することもあります。
 しかし、テレビでの語りは本職ではないことに加えて、ぼくの語りは台本を読むのでは全くなくて、その場その場で口を突いて出ること、頭と胸のうちに湧き出てくる言葉をありのままに伝えているだけなので、言い間違いもあると思います。
 だから、全文が文字で残るのは、正直、大きな負担でもあります。

 それでもなお、「ぼやきくっくり」さんが、その言い間違いまで含めて全てを起こし、記録してくださる努力に、こころから感謝しています。
 なぜなら、たとえばプロのジャーナリストがその著書で、「安倍総理が辞めたとき、青山繁晴はアンカーのコーナーで泣いた。だから中立性を失っている」という趣旨(※正確な引用ではありません。あくまで趣旨)で、真っ赤な嘘を書いていることに対し、ぼくは直接、ご本人に「間違っている」と指摘し、ジャーナリストは「調べて返事する」と約束しながら、その後、ただの一度も、ただのひと言も連絡はなく、それにも関わらずツィッターでは「青山は納得済み」という趣旨(※これも正確な引用ではなく趣旨)で、また嘘をついていることをめぐって、実際のアンカーのコーナーがどうだったか、この第三者の「ぼやきくっくり」さんの記録は、重要な動かぬ証拠になるからです。

 この全文(※正確には全語)の記録は、仮に法的な場でも提出してくれることを「ぼやきくっくり」さんから、すでに諒解をいただいています。
「ぼやきくっくり」さんは、「青山さんは、アンカーで拉致被害者のためには何度も泣いたけど、権力者のために泣いたりしたことは一度もない。何というひどい嘘を書くのでしょうか」と憤激されました。
 ちなみに、このジャーナリストがその本を書く前に、ぼくに対して、これもただの一度も、何らの取材も確認もありませんでした。
 何で、たったそのひとつの作業の手を抜くのかなぁ。
 ミニマムの取材・確認さえしていれば、そのあと奇妙な嘘を続けなくても済むのに。

 大人の世界、プロの世界といっても、ぼくたちが子供のころにみな、体験した、嘘と真(まこと)の世界と変わりませんね。
 このプロのジャーナリストは、ほんらい、権力や既得権益と戦うために仕事をしているはずです。官房機密費をもらっていた記者や政治評論家がいるという深刻極まりない問題からマスメディアの闇に切り込み、戦ったのは、その証左でしょう。
 それだからこそ、今後の活躍のためにも、謙虚になるべきところはなってほしいと願います。


▼さて、今朝の本題は、実はこれではないのです。
 今週のアンカーのコーナー(10月26日水曜)で述べた内容について、「ぼやきくっくり」さんが以下のように書かれているのを先ほど、拝見しました。


〜ここから引用〜

 今回もすごい内容でしたね(^_^;

 先々週言われていた「仲介役の芸能人」は女性だと。やはりデヴィ夫人?
 じゃあ政治家っていうのは……?

(1) 元自民党で閣僚経験あり。汚職事件で有罪判決。バックに著名な団体。
  一瞬、山崎拓さんかなと思ったけど違いますね。
(2) 民主党の大物政治家で閣僚経験あり。北朝鮮の事情に明るい。
  これは中井洽さんで間違いなさそう?
(3) 拉致議連の大物政治家。行動力があり家族会から信頼されている。
  「仲介役の芸能人」に訪朝を働きかけられた政治家。誰でしょう。
  2週間前も掲示板で読者様と一緒に考えたけどその時は結論出ず。

〜引用、ここまで〜


 ぼくはふだん、放送した内容について、追加説明や補足は、最低限にすべきだと考えます。
 しかし、この件は、無関係なひとに万一、迷惑がかかってはいけませんから、最小限度に抑えつつ、この「ぼやきくっくり」さんの問いに答えておきたく思います。
「ぼやきくっくり」さんの無償の努力に応えたいためでもあります。

▽芸能人は、デヴィ夫人ではありません。年齢も、芸能の世界での「業種」も全く違います。

▽「山崎拓さんかなと思ったけど違いますね」とお書きになっているのは、その通りです。ヤマタクさんではありませぬ。

▽「中井洽さんで間違いなさそう」とありますが、違います。

▽「仲介役の芸能人に訪朝を働きかけられた政治家。誰でしょう」…名を明かして、この政治家に迷惑がかかるとは、実はそう思えません。
 しかし情報源から「テレビやブログでは言わないでください」と言われ、それに同意しましたから、その約束は守ります。情報源である当局者自身が、「テレビやブログでも話されてOK」と変わらない限りは、永遠に、約束の通りです。
 いつか時機を見て、この当局者に「そろそろ一般に話してもいいですか(つまりテレビやブログでもいいですか)」と聞いてみるかも知れませんが、まだ分かりません。



 みなさん、きょうもいい一日を。

ぼくとテレビの、ちと、つらい関係について

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▼いま11月2日の水曜日夜6時50分、伊丹空港のうどん屋で「たこ焼きうどん」を食べているところです。
 思いきり大阪オリジナルで、おいしいです。
 大阪出身のO秘書(独研・秘書室第2課/社長同行担当)は、おいしそうに懐かしそうに「大阪のきつねうどん」を食べています。

 そこへ、関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の若手ディレクターから秘書さんの携帯に電話がかかってきました。
 電話を代わると、いきなり、「大変なことをしてしまいました。申し訳ない」。
 げ。何だろ。
 テレビに顔を出していると、いろんな予測不能のことがあるけれど、さて何だろう。
 ディレクターは言葉を続けて、「コーナー(青山のニュースDEズバリ)で出した中国の地図で、台湾を同じ色に塗ってしまいました」
 うーむ、何たること。
 ぼくはその地図を使って、チベット自治区と、四川省の説明をしたけど、東シナ海や台湾のあたりはまったく見なかったので、まるで気づかなかった。
 こうした地図は、関テレ報道部が作成し、ぼくはナマ放送の本番まで、見ることは一切ありません。
 だから、ぼくとしては不可抗力だけど、関西テレビ報道部になり代わって、台湾国民と、視聴者のみなさん、お詫びを申しあげます。

(その後、帰京し、この地味ブログに来た書き込みを見ると、生放送中に間違いに気がついた視聴者のかたがいらして、関西テレビに電話したところ、対応した報道部所属ではない関テレ社員、おそらくは視聴者窓口の関テレ社員がいい加減な答えをして、スタジオに連絡するのを拒んだようです。
 何ということか。
 関西テレビは生放送中に訂正し、お詫びすべきだったのに。

 この視聴者のかたが書き込みを下さったのはいいけれど、その書き込みの最後に『青山さんも、台湾は中国領土とお考えなのでしょうか?』とありました。
 何で、こんなことを言われなきゃいけないのか。
 このようなことを言われるのなら、テレビはやはり出たくない。

 テレビ局がやることを、一参加(出演)者が何も知らないまま全部、被らねばならないのなら、もはや出るわけにいきません。
 関テレの視聴者窓口?のそのような対応にも、この書き込みの最後の一文にも、明確にここに抗議します)


▼さて…日々、想像以上にいろんな要望、要請、お願いがやって来ます。
 Eメールと、この個人ブログへの書き込みはもちろん、どんなにか時間を掛けられたのだろうと思うほど丁寧な手紙などなども含めて、やって来ます。
 なかにはお願いというよりは、あからさまに一方的な要求だったり、さらには威迫、脅迫と言わざるを得ないものもある。
 それは別として、たくさんの「ねがい」が届けられ、そのなかでも意外なぐらい多いのが「テレビにもっと出てください」という願いです。

 ぼくは、ちと、つらい。
 ふひ。
 関西テレビの報道番組「アンカー」は、上記のような情けない事件はあっても、ほんらいは良心的な番組です。
 それでも、ほんとうはぼくにとっての適正なペースは、まぁ、月に1回か、本音を言えば3か月に1回ぐらいでしょう。
 ぼくは、ほんとうは、たいへんに怠け者だし、目立つのは嫌いだし。

 だけども、たとえば海外出張や、学会出席や、東京でのどうしても外せない仕事や、そうした事情でアンカーを一度でも休むと、ほんとうに多くのかたがたから「休まないで」という声をいただいて、驚く。

 それと、テレビ番組への参加(出演)は決して本業ではないけれど、やる以上は、一定の義務はきちんと果たせねばなりません。
 だからアンカーは、体調が極限まで悪いときでも、たとえば左腰の骨を5本折っていたときでも、これまでは毎週欠かさず、参加してきました。
 参加しなかったのは、体調などの理由ではなく、上記のように、責任上外せない仕事とどうしても重なったときだけでした。


▼それにしても、テレビはこれだけ批判を浴び、ぼろくそに言われつつも、みんなの関心を依然、集めているんだなぁということを、ちょっと不思議に思いつつ実感します。
 ぼく自身は、あまりテレビを視ません。
 もっと正確に言うと、東京の報道番組はおおむね音を消して、つけています。パソコンで仕事をしながら、ちらちらと目線を走らせて、何が起きているのかを掴み、これは、と思うニュースは、あとで当事者らに電話をしたり会ったりする努力を、ぼくなりにやります。
 音を消しているのは、(申し訳ないけど)テキトーなコメントが多すぎて、げんなりするからです。

 あと衛星放送で、原語の海外ニュースはよく視ます。それから映画、科学番組、音楽番組も視ます。
 何だ、よく視てるじゃないか。
 いま自分でもそう思いましたが、要は、バラエティ番組など現在の地上波のテレビで主流の番組はほとんど視ないし、在京テレビ局の報道番組も、僭越ながら、前述したようにコメントは聴きません。


▼さて、そのうえで、多くのご要望があるからこそ、少ないながらテレビ番組にも参加(出演)します。
 そして、ぼくにとって、テレビ番組に参加するというのは、見かけ以上に手間がかかります。

 こないだ、テレビ大阪の「たかじんNOマネー」では、10月22日土曜日の午後1時半過ぎに局に入り、2本分を収録してから、夜7時から9時前までの生放送に参加しましたから、凄い拘束時間だナァと思いました。
 現在のぼくと独研には、詰まった日程をこじ開けて調整するのが、かなりの力業です。

 それから、当日のそのエネルギー消費も、かなりなものだけど、テレビ番組に参加(出演)する前には、必ず、予定テーマに沿って当事者に会って話を聴いたり、政府当局者のうち信頼できる良心派に電話したり会ったりして、フェアな事実を確認するよう、おのれなりに努めています。
 これも、いくらかは、それなりには、エネルギーを使います。

「たかじんNOマネー」の初ナマ放送のテーマのひとつが「日韓」でした。
 韓国の電機メーカー・サムスンの常務だった経済人がゲスト参加されて「サムスンにいた時は竹島の話などしなかった.しても意味がない」という趣旨の話(正確な言葉は違います。あくまで趣旨)をされたから、ぼくは正直、こころの底から憤りました。
 このかた個人に憤ったのでは、まったくありませぬ。個人批判をするのでも、ありません。
 たとえばイギリス人やアメリカ人、フランス人が、おのれの祖国の領土を侵略し占拠している国の会社に役員として入るとする。
 そのような相手国の会社であっても役員としての招聘(しょうへい)に応じることはあり得ます。
 しかし役員となったあと、必ず、堂々と胸を張って祖国の主張の正しさを強調するでしょう。
 なぜか。
 それをしないとむしろ、人間として軽蔑されるからです。
 誰も口に出しては言わずとも、その人物と、そしてその祖国が軽んじられます。
 これを分かっていないことこそ、たった一度の敗戦から66年を経て変わらない、日本の病の根っこのひとつです。
 だからぼくは、おのれを励まして、真正面から批判しました。
 スタジオ内には、ちょっと閉口して笑いに紛れさせようという空気もあったけど、いえいえ、ここだけは笑っている場合ではありませぬ。


▼ただ、ぼくは本心では、激しい言葉を吐くのが嫌いです。
 しかし秒刻みで、視聴者に伝えるべきを伝えねばならないテレビ番組では、好き嫌いを言ってられない。
 おのれ自身を内心で叱咤激励して、発言しようと努めます。

 だから、番組が終わると、どっと疲れる。
 こころの疲労はすぐ回復するけれど、番組について次のオファーが来たとき、胸のうちでは、ちょっと登校拒否児童みたいになっています。

 この経済人のかたは、番組のあと大阪のホテルに泊まられたようでした。
 なぜなら、エレベーターのなかで、青山千春博士と偶然、一緒になったからです。
 そのホテルは、独研(独立総合研究所)にとって定宿です。ぼくはその時間、たかじんさんたちと打ち上げに行き、青山千春博士は仕事をするためにホテルに戻りました。もちろん、経済人は青山千春博士を知りません。
 経済人は「あー、今日のテレビは疲れた」と独り言をおっしゃったそうです。
 たいへんでしたね。
 ご苦労をかけて、こころから申し訳なく思います。
 変な奴に絡まれた、と思われてもいいですが、できれば、それで終わらせないで、日本国の経済人の生き方について、すこし考えてみていただけないでしょうか。


▼この番組のテーマ、日韓を扱う番組へのオファーがもうひとつ、ありました。
 オファー自体は、かなり前に来ていました。
 それはフジテレビの若手ディレクターで、アンカーなどのぼくの発言を見て、聴いて「どうしても出て欲しいと思いました」ということでした。
 番組名は「日中韓テレビ」。
 日本、中国、韓国から数人づつが出て、言いたいことを言い合う番組ということで、パイロット版を放送したとき視聴者の反響が大きかったので、深夜枠でレギュラーにしたいから、ぼくにも参加して欲しいということでした。

 ぼくは、芸能プロダクションのようなところとは関係を持たないので、以上のような話が、そのディレクターから独研(独立総合研究所)の総務部に直接、来ました。
 総務部から「どうしますか」と聞かれましたが、ぼくは、そのまま放っておきました。前述したように、「言い合う」というのが、ほんとうは好きじゃないから。
 たまに(正確には、ごく、たまに)顔を出す「TVタックル」は、まさしく言い合う番組だし、もう、それだけで充分でしょうというのが本音。

 しかし、そのディレクターから独研・総務部への申し入れは続き、総務部から「ディレクターが独研に来社して説明したいそうです」という話がありました。
「なぜ熱心なのかな」と総務部に聞くと、「ずっと(ぼくの)発言をウォッチしてきて、ネットやチャンネル桜での発言もすべて視てきて、こういう発言が日本には必要だと思った…そうですよ」と独研のY秘書(秘書室第1課/日程調整担当)は言います。


▼そこでディレクターに会いました。
 若手のひとです。
 ぼくはまず、「フジテレビにはデモが何度も起きていますね。韓国のドラマがそんなに多いのですか。韓国のタレントも、そんなに出ているのですか」と聞きました。
 前述したように、ぼくは地上波のテレビをあまり視ないので、こう聞きました。

 若手ディレクターは「確かに、かなりやっていると思います。フジテレビだけではないと思いますが」と答えました。
「関西テレビのひとたちに聞いたら、韓国のドラマやタレントは値段・出演料が安くて、それでいて視聴率は一定以上は稼げるから、やっているだけじゃないか…ということでしたが、そうなんですか?」と聞くと、「私は韓流ドラマなどを手がけたことはないですが、そんなところでしょうね」という趣旨の答えでした。

 そして若手ディレクターはこう言いました。
「デモが起きていることは正直、驚きましたが、私なりに、しっかり受け止めています。だからこそ日中韓テレビをレギュラーにして、日中韓で言いたいことを言い合って、公平に視聴者に判断してもらいたいと考えています。青山さんに、どうしても出てもらいたいのは、どんな場合にも、声の大きい中国や韓国に対して、言うべきを言い、フェアな意見を言ってもらえる唯一のひとだと信じるからです」
 ぼくは黙って聴いていました。

 このフジテレビの若手ディレクターは続けて、「日中韓テレビは、レギュラー化するに当たって、なかよしテレビという番組名にします」
 ぼくは驚いて、「それじゃ、やはり、出られませんね」と応えました。「最初から、なかよしになれと決めてあるのでは、言うべきことを言う番組にはならないでしょう」
 ディレクターは「いえ、言うべきことを言ってこそ、なかよしになれるという趣旨ですから」と譲らない。

 ぼくは、こう述べました。
「それでは、デモに参加しているひとびとの声を受け止めていることにならないでしょう。しかも、あなたはフジテレビの中で孤立しませんか。日中韓はとにかく何が何でも、ただ仲よくしろ、という趣旨の番組だと解釈されて批判が集中しても、フジテレビの誰もあなたを擁護しないで、あなたこそ悪者だとされてしまいますよ。ぼくが参加するしないとは別に、番組名を変えるべきです」

 ディレクターは局で検討するということで、帰られ、ぼくは同席していた青山千春博士の意見を聴きました。
 青山千春博士の意見はいつもシンプルです。
「出てみて、嫌なら、やめればいいでしょう。私は出るべきだと思います。社長(青山繁晴)の意見を、世の中にもっと発信すべきですから、ベストではない機会であっても、相手が社長に出て欲しいというその理由が、まともなら、出るべきです」

 やがて、ディレクターから連絡がありました。局内で激論もあったようです。
「どうにか妥協策として、なかよし?とクエスチョンマークを付けました。番組内で日中韓が徹底的に議論してみて、初めて、仲良くなれるかどうか分かるという趣旨です」
 クエスチョンマークだけで、果たして、その趣旨になるかどうか。
 しかし、この若手ディレクターなりに、努力していることは認めねばならないと考えました。
 そのうえで、具体的にどんなテーマになるかを問い合わせました。

 レギュラー化して第1回と第2回の放送は、田原総一朗さんらが出演して、もう収録が終わっているそうでした。
 ぼくが参加を要請されているのは、それ以降の放送で、第3回のテーマが「働くのなら日中韓のうち、どこか」、第4回が「嫁ぐなら」、そして第5回ががらりと変わって「豆腐料理を食べるのなら、どこか」。
 このテーマ一覧をEメールで見て、青山千春博士は「それぞれ、豆腐料理の回だって、文化的背景とかあるし、社長にしか言えないことがあると思うから、出るべきです。それに、もう一度言いますが、まずはいったん出て、嫌ならやめればいいと思います」と意見を述べました。

 ぼく自身は「いったん出て、嫌なら、やめればいい」という姿勢はとらない。
 いったん出たなら、できるだけ続けるべきです。やめるときは、よほどの理由があるときです。
 その姿勢でなければ、アンカーもTVタックルも、もうすでに、生涯二度と出ていないでしょう。
 ぼくは、若手ディレクターの努力を、もはや無視できなくて、参加(出演)することを決めました。


▼そして収録は、10月23日の日曜に、これも「たかじんNOマネー」と同じように、一気に3本撮り。
 テレビ局というのは、人使いが荒いなぁ。
 日曜の午後3時半から、実に夜9時半まで、6時間をスタジオの中。
「報道番組ではないので、交通費は出ません」という連絡が、独研の総務部にあったそうで、自分で車を運転してスタジオ入り。
 報道番組でないなら交通費が出ないというのは、どういう理屈か分からないけど、別に問い合わせる気もない。

 それはいいけど、スタジオに入って分かったのは、1本あたり1時間半近くも撮って、放送は20分だけ。
 あぁ、悪い予感がする。
 TVタックルと同じく、収録は長いけど放送は短いという番組は、ぼくの発言はほとんど使われません。
 それは視聴者には分からないから、TVタックルは参加(出演)するたび、「何で、あまり発言しないのか」、「何で、あの人のあの発言に反論しなかったのか」というEメールや書き込みが、どっと来て、本音では嫌になります。
 そんなことを言われても、ほとんどのケースは、編集でカットされているのだから、どうしようもない。
 一参加(出演)者が、編集に介入など実際問題、一切できないし、そもそも、とにもかくにも参加した以上は、テレビ局の編集権に介入すべきでない。


▼この「なかよし?日中韓テレビ」収録1本目の「働くのなら…」の回では、たとえば、野田総理が日韓首脳会談で通貨スワップを急拡大したことについて「ウォン安を人為的に作ってきた韓国がまず、自助努力をすべきであり、間違っている」と話しました。
 すると当然、韓国側の女性教授キム・キョンジュさんが「そんなことない」と全否定。
 それはいいけど、ぼくの横に座っている、というか、日本側のいちばん真ん中にいる参院議員にして元厚労相の舛添要一さんが、キム教授に「この人(青山繁晴)は、政治家じゃないから」とおっしゃった。
 政治家じゃないから無責任な評論を言う、とでも言いたかったのでしょうね。
 ぼくは、すこしも驚かなかった。桝添さんの言いぶりは予想通り。
 政治家なら責任あることを言う、とでも日本国民が考えているとお思いなのかなぁ。

 収録の2本目からは、日本側に女性作家のかたが加わった。
 このかたは、かつて女性週刊誌で「アンカーから外された」という話題で勝谷誠彦さんと対談し、ぼくの名前は出さないものの「アンカーで居残った男は、政府から不公正なカネをもらっている」という趣旨を発言された。(正確な言葉ではありません。あくまで趣旨)
 明らかな名誉毀損であり、独研の総務部からは「刑事告発しましょう」という声があがりました。
 ちょうどその頃、伊丹空港のエレベーターで偶然、勝谷さんに会ったから、この女性誌の内容に抗議すると、勝谷さんは「私はそんなことは全く考えていないし、発言もしていない。青山さんは、いちばん、そのようなことはしない人だから」とおっしゃったので、「しかし女性作家の発言に同意されていましたね。記事ではそうなっていました」と問うと、「お詫びします」と謝罪された。
 そして、独研の総務部長代理(実質的な総務トップ)でもある青山千春博士は「こんなものは放っておけばいいと思います」と、いつものように簡明な意見です。

 女性作家は、アンカーを外されたのではなく、関西テレビの当時の急激な経営難で、参加(出演)者が絞られただけのことだったけど、この女性作家のかたとしては不満だったのでしょう。
 ぼくが硫黄島の英霊の遺骨を取り戻そうという話をコーナーですると、CMのあいだに「そんなことより幼稚園を建てたりすることにお金を使うべきよ」とおっしゃってもいましたから。

 そうした不満から出た、思い込み発言であって、刑事告発や民事訴訟までするほどのこととは、ぼくも考えなかった。
 ぼくの読者や視聴者のなかには、ずいぶんと悔しく、不当だと思われたかたも沢山いらしたようだし、捜査当局の幹部は「刑事告発してください。すべきです。名誉毀損に充分に該当します」と明言された。
 しかし、ぼくは告発も告訴も見送りました。
 ぼくと独研に対する違法な誹謗中傷、名誉毀損については、もっと悪質な事例が少なからず、あります。そのような事例についてはすでに捜査が始まっているものもあります。
 女性作家のかたのケースは、番組を外されたという思い込みから来る不満で暴走して発言したと考えられ、悪質というより、いわば素朴な八つ当たりに近いですね。
 だから、ぼくの名誉は明らかに毀損されているけれども、告発も告訴も見送りました。

 いったん見送った以上は、水に流したと同じです。
 この女性作家のかたと、何年かぶりでフジテレビの控え室で顔を合わせて、ぼくは礼をもって挨拶しました。収録中も同じことです。
 どのひとであれ、発言をフェアに受け止めて、話すべきを話すだけです。

 この収録2本目からは、中国側に元北京放送アナウンサーも登場しました。
 このかたは、常に中国共産党の公式見解と、実質的に同じことを話されると理解しているけれども、上記の通り、どのひとであれ、ぼくの姿勢は変わりません。


▼さて、10月29日の土曜は、富士スピードウェイで開かれた「JAPAN LOTUS DAY」(イギリスのレーシングカー・メーカー、ロータスによるお祭り)でレースに参加する日でした。
 このごろは極めて体調も悪く、日程も信じがたいほど詰まっているし、マシーンも新しい、まったく乗り慣れていない、んじゃなくて、まるで乗っていないマシーンだったから、ふつうなら青山千春博士あたりから「不参加にしましょう」という声が出るのが世間の常識だと思うけど、青山千春博士はまったく逆。
「(ネットテレビの)青山繁晴どっとテレビの撮影も入っていますから、社長、頑張って予定通りにレースに出てください」。
 ぼく自身も万事、ドタキャンはしない、いったん交わした約束は守るということが原則だから、そのままレース参加の予定でいました。

 ところが、こういう時に限って「TVタックル」から、スタジオ収録のオファーが来る。
 講演と重なったときは、講演を絶対にキャンセルしない、できないから、直ちに断るけど、レースなら一考せねばならないかなと思いつつ、とりあえず独研から「検討します」と回答しました。
 すると、TVタックルの信頼する女性ディレクターから「TPPをやるんです。反対の論を張る青山さんが来てくれないのなら、企画自体をやめます」という連絡が来ました。
 そんなわきゃないよナァ、京都大学にも東京大学にも立派な反対派の学者がいらっしゃるし、これって単なるオドシだよなぁと思いつつ、なにせ話が来たのが、わずか数日前。
 そんなショート・ノーティスで言ってくるのも、ちとひどい、というか、いかにもテレビ的だけれど、時間がないだけに、断ったらホントに困るのかなぁとも考えてしまう。

 しかしロータスはロータスで、ぼくが東京ロータスセンターの信頼するスタッフに「TVタックルの収録でレースに参加できないかも」とひとこと言っただけで、「えぇーっ」と叫んで、珍しく顔が凍りつきました。

 困ったあげく、予定していた2本のレースのうち、午後のレースを諦め、早朝の1本目のレースだけ参加することにしました。
 ふつうは、レーシングカーをサーキットまでトレーラーに乗せていくのだけれど、ぼくはとにかくお金がないので、レーシングカーをそのまま富士スピードウェイまで転がしていく。(ナンバーは、もちろん付いています。)
 時間がないから、そのレーシングカーでテレビ朝日に乗り込むことになってしまいました。

 さぁ、それを当日の10月29日土曜に実行してみると、朝5時に自宅を出発して富士スピードウェイに着き、朝8時50分からのレースに参加し、11時に富士スピードウェイを出発して、スタジオ入りの午後1時までにテレビ朝日に着くよう、レースで力を絞りきったレーシングカーを公道でも運転して、スタジオに入ると、さすがに集中力がもう残っていないことに気づきました。

 ぼくらのレベルでも、富士スピードウェイのストレートでは、時速245キロぐらいに達する。
 わずかなミスで死が待っている。
 したがって消費する集中力は、はんぱじゃない。

 収録が始まって、それでも10分ぐらい経つと、ぐーんと集中力が回復してきました。なにせ国の運命を変えかねないTPPの話題です。
 収録時間が、以前の2時間から1時間半に縮まっているのも、助かった。
 しかし、放送は実質40数分。
 発言が大幅カットされることには変わりありません。

 その結果、放送のあと今回も来ました、「なんでもっと発言しないのか」、「なんで反論してくれなかったのか」というEメールや書き込みが。
 ぼくは、TVタックルが放送された10月31日月曜の夜は、独研が会員制で配信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の「懇話会」で会員の質問を受けていたので、放送を視ていません。
 録画もしていません。

 だから、どのように放送されたか、どうカットされたかは、知りません。
 カットはテレビ局の編集権でおこなわれます。ぼくは関知しません。今後も、しません。

 あぁ、疲れる。
 フジテレビの番組も、きっと同じ結果になるでしょう。
 ナマ放送のアンカーも、今日のような悲しい事件が起きて、ぼくが台湾を中国領だと思っているのかなどという無残な言葉を目にしなければならない。

 これでもテレビという奴に、顔を出さねばいけませんか、みなさん。


(※冒頭の写真は、10月29日土曜、富士スピードウェイで走るぼくです。下の写真は、レース前のドライバーズミーティングで)



後日談をすこし

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▼11月3日の木曜、ぼくの出張先に、わざわざ関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の若手ディレクターとプロデューサーがやって来られました。
 アンカーのなかの「青山のニュースDEズバリ」のコーナーで使われた中国の地図で、台湾が中国と同じ色に塗られていた一件で、説明と謝罪にお見えになりました。

 ぼくとしては、ほんとうは「来なくてももいいよ、電話でいいよ」とプロデューサーの携帯電話にかけて、言おうかなと思いました。
 しかし今回は、「電話でもメールでも足りません。お会いして話をさせてください」という若手ディレクターの言葉を尊重したほうが、いいかな、と思い直しました。

 ディレクターとプロデューサーが現れ、ほんとうにこころからの誠実さで、「あまりにも申し訳ないことだと考えています」と謝罪されたうえで、経緯を説明されました。
 それによると「「たとえば、日本の学校教育で使われている帝国書院の地図では、台湾と中国は同じ色に塗られています。しかし、それと、報道番組としてのアンカーは姿勢が異なるべきです。また、青山さんが、台湾を中国の領土の一部と考えていないことは、われわれとしても重々、承知しており、その青山さんのコーナーで不用意な地図を、チェックミスで安易に使用したことを、深く反省しています」ということでした。

 あの地図は、関テレの美術部門で制作した地図だけれど、報道部としてきちんと対応したいという意味でもありました。
 ぼくからまず、「来週(11月9日)水曜日のアンカーで訂正をなさってください」と求めました。そして「ぼくの語りでの間違いであれば、放送界の慣習(番組内の誤りはどんなケースでもメインキャスターが訂正し謝罪するという慣習)とは関係なく、ぼく自身が訂正し謝罪します。しかし今回は、違いますね。ぼくとしては不可抗力でした」と述べました。
 ディレクターとプロデューサーからは「その通りですから、11月9日の水曜アンカーでヤマヒロから話させます」という答えがありました。


▼それから、「青山さんも、台湾は中国領土とお考えなのか」という趣旨のコメントを寄せられたかたから、再び、コメントがあり、その中にこう書いてありました。

「コメントを書いた当時、関西テレビのあまりの対応の酷さに怒りが冷めず、感情的になっておりました。ブログを拝見し、アンカーに対する誤解が解け冷静になった今、青山さんに八つ当たりするコメントであり大人げなかったと大変反省しております。アンカーに向けるべき怒りを青山さんに向けてしまいました。八つ当たり以外の何ものでもありません」(原文のまま)。

 さらに、このようにも書かれています。
「今、振り返ると、私自身、電話中、『青山さんがそんな(=台湾が中国領土である)立場なわけないでしょっ!!!なのに、そんな地図使うわけ!?』と言っておりました。
 また、ブログを拝見し、応対した男性スタッフが報道局所属ではなかったことと、彼の対応と報道局の対応とのギャップに驚きました。
 どうして報道局所属でもないスタッフが『台湾は中国領土ですので、訂正はしません。それが、関西テレビ・アンカーの方針です』と言い切ったのか腑に落ちません。最初に電話に応対した女性は事の重大さに気づき慌てているようでしたから、彼の応対は残念でなりません。アンカーを愛する一視聴者として、アンカーの信用を失墜させるような対応が二度とないよう、関西テレビに意見してみることにします」(原文のまま)。

 このかたのお気持ちは、深く諒解しました。


▼察するに、このかたの電話に対応した関テレ社員(報道部の所属ではなく、たぶん視聴者窓口のひと)は、おそらく、「日本が1972年に日中国交回復した時点で、一つの中国という中華人民共和国の主張を受けて入れているから、この地図でいいんだ」ということではないでしょうか。

 しかし、仮にそうだとすると不正確な認識です。
 日本国は、日中共同声明に基づいて、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であると表明するところの、中華人民共和国政府の立場を、充分に理解し尊重する 」という立場を取っているのであって、台湾が中華人民共和国の一部であるというのは、あくまでも中華人民共和国の主張です。
 日本国の認識でも主張でもありません。だからこそ、その中華人民共和国の立場を「理解し尊重する」のです。
 したがって、台湾の国民と政府が、主権と自由を主張していることをもまた、決して軽んじることなく尊ぶのが日本やアメリカをはじめとする少なからぬ民主主義国家の立場です。。

 そして、たとえばぼく自身、台湾を訪れた際、現地で触れあった国民、市民から「中国共産党の独裁に呑み込まれず、台湾の主権と自由と文化を護り抜きたい」という強い願いを何度も受け止め、しっかりと支持しています。


▼ぼくとテレビとの、ちと辛い関係については、驚くほかないほど沢山のコメントがありました。
 これらについては、まだ話す気になれません。


後日談つづき

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▼きょう11月9日水曜の関西テレビの報道番組「スーパーニュース・アンカー」の「青山のニュースDEズバリ」コーナーの入り口で、MC(メインキャスター)のヤマヒロさんと村西利恵さんが、台湾と中国の地図について、しっかり訂正とお詫びをしてくれました。


▼それから番組終了後に、関テレの報道番組部長から責任ある話があり、視聴者窓口のひとに事情をきちんと聴かれたそうです。
 それによると、視聴者窓口のひとは「台湾が中国の領土であるかのような発言は一切していません。個人的にも、台湾の主権をを尊重しています」と、おっしゃったそうです。

 この一つ前の書き込みで、関テレに電話をなさり、この個人ブログにコメントを書き込まれた視聴者のかたの主張を原文からそのまま引用して記載しました。
 また、応対した視聴者窓口のひとの主張を、上記のように記載しました。

 双方の言い分を公平に、こうして記したことで、おしまいにしたいと思います。
 言った言わないの問題には、すべきでないと考えます。
 わたしたち日本国民と、良心派の報道番組「アンカー」がともに、台湾の民主主義に基づく主権と自由を、大切に考えていることが、結果として再確認できたのですから。


▼いま、ローカル線の特急車中にいます。
 きょうは大阪から帰京せず、次の出張地に向かっています。
 危機管理の仕事です。
 ひとりのプロとして、断固、祖国を護ります。

 写真は、車中で開いているぼくのパソコンです。ぼくはふだん、ワードよりも一太郎を使って文章を書きます。
 日本語への愛情が感じられるから。
 その一太郎の画面には、いつも、青山繁子(わんこ)がいます。

 駅で買った栗弁当を、さっき早速、食べました。
 うまかった。
 繁子にも、ひとくちだけ栗を食べさせてやりたかった。 わん。

あれから一年

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▼いま11月21日月曜の午後10時過ぎ、病院にいる。
 入院ではありませぬ、1泊の人間ドックだ。


▼去年の11月初旬、この同じ大病院で、生まれて初めての人間ドックを受けた。
 どうしても人間ドックに入らない、検診も受けないぼくを、独研(独立総合研究所)の秘書たちや青山千春博士が懸命に、病院に押し込んでくれた。
 まぁ、ぼく自身も、あまりの体調の悪さに調べる必要を感じて、やっとこの病院に来た。

 検査はいわば物凄いハードスケジュールで、休みなく次から次へ、血液も大量に採取され、ぼくは内心、『やれやれ、この検査でこそ病気になりそうだよ』と呟いていた。

 検査の途中で、筋肉量や体脂肪率、基礎代謝ではかる「体内年齢」が「36歳」と判定されたこともあって、正直、『ほらね』という気持ちもあった。
 まったくの健康過信、体力過信、傲りそのものだ。

 ところが、この初めての人間ドックで、大腸癌が、それもごく初期段階で見つかって、今年2月の手術になったわけだ。
 ドック入りが遅れていたら、今頃は、取り返しのつかないまでに癌が生長してしまって、もうこの世にいなかったかもしれない。
 ドックのおかげで、もうすこし、ささやかながら祖国に一身を捧げるための時間を、いただいた。


▼だから今年は謙虚に受けました…と言いたいところだけど、重大な原稿〆切と重なった。
 発刊が遅れに遅れてきた「ぼくらの祖国」を、発行元の扶桑社、なかでも田中さんという信頼感の深い編集者のおかげで12月21日に発刊予定となり、その原稿や写真、図版の〆切をぎりぎりの、そのうえのぎりぎりまで延ばしてもらいながら、続けている。

 そのために、目が回るほど忙しい検査の合間を縫って、検査室前の廊下でモバイルパソコンで原稿も書き、写真も選び、本の装丁なども最終的に考えて決めて、編集者に送るという、とんでもない人間ドックになっている。

 しかも、日曜からこの月曜の朝にかけて完全徹夜して、というか土曜から2日目の徹夜明けで、病院に入った。
 その土曜には大阪で長時間の生放送テレビへの参加(出演)が2本、深夜の収録が1本。計3本。午後2時半ごろから11時過ぎまで、ずっとテレビ局。
 日曜には、東京で「独立講演会」を開き、午後1時10分ごろから5時40分ごろまで、ぶっ続けで4時間半ほど講演した。
 だから、徹夜はいくらかは、こたえている。

 しかし『人間ドックで講演などは当然なくて、検査だけだから』と思っていた。
 それは、まったく甘かった。
 ハードスケジュールの検査は、連続の徹夜明けでは、実にきつい。
 それに例えば、どうでもいいけど身長は縮んでいるし、眼もかすむ。

 それでも、眼をこすりこすり検査を受けて、視力は「1.5以上」。
「以上、というのは何ですか」と尋ねると、「これだけ見えていて、それ以上調べても意味ないですから」ということだった。
 ただし、耳もいいはずが、高音を聴く力がわずかながら落ちているとのこと。
 眼も、視力がいいからといって、なにもかも安心ではありませんと医師からアドバイスをいただいた。

 体内年齢は、34歳。
 去年より2歳、若くなった。
 ただし、別に感激しない。
 若い、意欲的な女性の栄養指導士さんからは「禁酒してください。ヨーグルトや生クリーム、チョコを食べるのもやめてください。そうでないと、今度は肝臓癌ですよ」と迫られた。
 その通り、ぼくはお酒も甘いものも好きだ。
 お酒は、気合いを入れて呑めば一升半、しかし別に飲まなくてもいいけど、甘いものは、たまにドカ食いまでしてしまう。
 仕事で頭が疲れたからという口実で、ほんとうは意志が弱くて怠け者だから、原稿も進まないまま、甘いものをどっと、脳ならぬ胃に入れるだけだ。
 そして、そのまんま仮眠へと、眠り込んでしまったりする。

 栄養指導士さんは正しい。
 ふひ。


▼ちょっとだけ、かすかには嬉しかったのは、運動指導士さんから「身体が柔らかい。たぶん10年後も、20年後も、ほとんど変わらないでしょう。これは体質ですから」と言われたことだ。

 ぼくはもともと、柔軟体操とかストレッチはほとんどしない。
 しかし、この頃、股関節が硬くなったと思っていた。
 毎日のように飛行機に乗る生活だし、原稿を書くときも座りっぱなしだから。
 復帰したサーキットでも、レーシングカーのシートは、極端に狭く、腰をがっちりと固定する。股関節にいいとは思えない。

 だけど運動指導士さんによると、股関節はむしろ、平均よりずっと柔らかいとのこと。
 実は股関節が硬くなったのではなくて、おとどしだったか、スキーでジャンプして墜落し、左腰の骨を5本、引きちぎるようにすべて骨折したために、それをかばおうと筋肉が突っ張っているだけだという判定だ。
 腰は幸い、後遺症はない。
 それでも、足や腰の筋肉は無意識に踏ん張ってくれていたわけだ。


▼沢山の検査を受けるうちに、何人ものドクター、指導士さんから「たいへんな1年でしたね」と言われた。

 そう、1月に「あなたは癌です」という判定があり、その前後に、痛い痛い尿管結石、それから肺が半分、真っ白になって死に直面した重症肺炎、癌の手術は成功したのに、そのあとの凄まじい苦痛のイレウス(腸閉塞)で、もっともっと死に近づいた。
 尿管結石とイレウスはまだ治りきっていないまま、東日本大震災と福島原子力災害のなかに突入し、4月には、福島第一原発の構内に入って、癌のCT検査と合わせると、すいぶんと被曝もした。

 いまのぼくは、去年と同じ人間ドック用病室にいて、ただ淡々としている。
 神経としては、かなり馬鹿馬鹿しいことで、内心、憤慨していたりする。

 正直、こんなくだらないことで人間不信も感じるのなら、もう面倒くさいな、という気持ちもある。

 しかし、日曜の独立講演会で出逢った、さまざまなかたがた。
 そのひとりひとりと握手した、みんなの手のぬくもりを思えば、やっぱりこうやって人間ドックにも入り、戦うべきは戦わねばならないのだろう。

 そのうえで、真に戦うべきものと戦いたい。





*写真は、この書き込みとはまったく関係ない青山繁子です。
 忙しすぎるのはいいけど、繁子と会えない、遊んでやれないのは悲しい。

 日曜の夜、独立講演会のあとには、どうにか散歩に連れてった。
 繁子は今夜も、「帰って来ないかなぁ」と待っているだろう。
 この写真、「遊んでくれないの?」という顔のときの繁子です。

 講演会といえば、今度の日曜に、福岡県の小郡で個人のかたが志を持って開かれる講演会が、いよいよ本番です。
 まだチケットがあるそうです。
 ぼくと会おうかなというひとは、お出でください。

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講演名: 青山繁晴講演会 in 小郡
    「日本だけが放つ光を掲げよう」

主催:青山繁晴講演会を開く会

開催日時:2011年11月27日(日)
開場 10:00
開演 13:00

場所:小郡市文化会館(大ホール)
   〒838-0142 福岡県小郡市大板井136-1
TEL:0942-72-3737

費用: 1,500円(全席自由)
   ※入場時には、チケットが必要です。
申込方法: 下記にてチケットを発売しています。

購入に必要なPコード「619-857」

店頭(コンビニエンスストアーのセブンイレブン、サークルK、サンクス)の各
店舗にあるチケット販売機、チケットぴあ店舗、チケットぴあのホームページ上
で購入できます。
詳細は、チケットぴあHPをご覧下さい。
チケットは、チケットぴあにて、講演日当日の昼12時まで販売致します。

問い合わせ:青山繁晴講演会を開く会
TEL:090-3418-0209

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たいせつな日本人

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▼いま、出張先の北陸路で、午前4時38分。
 夜明けまで、あとどれくらいだろうか。
 ぼくは、出張での仕事を夜に終え、宿泊先で眠りなく原稿を書き続けている。

 きょうは11月26日土曜日だ。
 読者をながいあいだお待たせし続けた「ぼくらの祖国」を扶桑社から発刊する12月21日まで、あと、今日を入れて実質28日しかない。

 それなのに扶桑社の信頼する編集者、田中亨さんは、11月28日・月曜の正午まで原稿を待つ、これが最後の最後ですと、きのう教えてくれた。
 奇跡のような編集者、奇跡のような校正スタッフ、奇跡のようなすべての関係者と言うほかない。本はふつう、原稿が上がってから発刊まで4か月ほどかかるのだ。
 すでに表紙のデザインも決め、その校正も済ませ、写真と図版の手配も終わってはいるが、原稿の脱稿から25日ほどで本を書店に並べるのは、常識をはるかに超えている。

 その、出版社のみなさんへの尽きない感謝と、待ち続けてくださった読者への熱い気持ちで、ようやく、眼が、深い眠りでふさがれないよう耐えている。


▼祖国を甦らせるために戦う独立系民間シンクタンクの社長としての任務を、ぼくなりに一切、妥協せず、遂行し続ける。
 それと両立させつつ、こうやって原稿を書き続けていて、さっきふと、物書きに戻っている何とも言えない歓びを感じた。


▼きょうは、昼前まで、この宿泊先で執筆できる。
 そのあと、ここ北陸から神戸へ向かい、生まれ故郷の神戸、そして日本国をよくするために踏ん張っているひとたちとの公式会合に出て、あす日曜には神戸から福岡へ向かい、志を持つ個人のかた(薬局の店主さん)が主催する講演会(※この一つ前の書き込みをみてくださいね)で講演し、そあとの懇親会にも出て、あさって月曜の早朝7時には飛行機に乗って、帰京し、そのまま原発へのテロを防ぐための公職の会議に出て、同じく原発テロを防ぐための別の会議3つ、つまりは計4つの会議をこなし、夜9時半からは読売新聞の取材を受ける。

 その間に月曜正午の、最後の最後の、原稿〆切を迎える。

 ほんとうのぼくは怠け者なので、こんな社会人生活が待っていると、もしも学生時代に分かっていたら、永遠に逃げ出したかもしれないナァ。
 このタイミングで、奇怪な思い込みの嫌がらせも延々と受けているが、「青山さんが過去に受けてきた不正義の嫌がらせのなかでも最悪だから対処してほしい」というメールや書き込みを、沢山のかたからいただいている。
 こうしたことがあると、学生時代のぼくに分かっていたら、どうだろう。
 いや、逃げ出しませんね。


▼新刊の「ぼくらの祖国」には、硫黄島の英霊をめぐることも、書籍としては初めて、深くしっかりと盛り込んでいる。
 沖縄の少女たちの自決壕、旧ユーゴ戦争、イラク戦争、硫黄島、福島第一原発と、現場を歩いてきた。
 歩かせてくれた天命に、感謝している。

 ぼくは、現代の亀山社中としての独研、独立総合研究所のちいさな灯火を掲げつつ、もっともっと、物書きに戻っていく。
 その歓びは、サーキットに戻った歓びと、実は、よく似ている。
 ふひ。


▼写真は、硫黄島での一枚です。
 ぼくと握手している人は、さて誰でしょう。
 ただのおじさんでは、ありませぬ。硫黄島の秘密を、いちばん知っている素晴らしいひとです。
「ぼくらの祖国」に、たいせつな日本人のひとりとして登場します。

こんな理不尽なことにも、命の時間を削がれます

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 ぼくのEメール1通と、その前のEメールによるやりとり2通を公表します。
 相手先のご本人に、公表を通告しています。

 これが日本社会の今の、無残な現実のひとつです。



Tさん


▼わたしは、あなたの長文Eメールや問いに、すべてお答えすると約束しました。
 下掲のEメールの実際のやりとりにある通りですね。

 そのうえで、現在は、たいせつな急ぎの仕事のためにお待ちくださいと申して、あなたご自身から、下掲のように、待つというお返事をいただいています。
 それも丁寧に、いわば低姿勢で「はいわかりました。お忙しいところ大変申し訳ございません。お返事頂ける日を楽しみにお待ちしております。よろしくお願い致します」(※原文のまま)とお書きになっています。

 それにもかかわらず、そのやりとりからわずか1日しか経っていない、というより翌日に、いきなり「青山のウソ嘘うそつきだ」というタイトルのユーチューブをネットにアップされました。
 また「本当に青山繁晴さんは最低の人間だ」とツィッターで書き込まれました。
 そこから、まったく約束を無視して、延々と一方的な名誉毀損が続いています。

 わたしは、人として当然ながら、あなたが自ら約束された以上、わたしの話を聴いてから何か書かれるのなら書かれる、話されるのなら話されると信じていました。
 ですから、あなたが実際には待つことをせず、わたしの話を聴かずに、背中から切りつけるように中傷なさったことを、当初は何も知りませんでした。
 ところが、あなたに憤慨された非常に沢山の方から、Eメールや書き込みをいただいて、知りました。


▼あなたが不正義にも、約束を前触れもなくただ一方的に破り、健全な社会常識をまったく破り、わたしの話を何も聴かないまま、ご勝手に思い込んで、奇怪な思い込みを募らせてネットにアップされたために、あなたの話は、根こそぎ間違っています。
 フェアな客観事実にまったく反します。

 たとえば、独研(独立総合研究所)の仕事には、カケラも「裏」はありません。
 警察庁だろうがどこだろうが、この国の行政、特に危機管理において改革すべき課題を真正面から指摘し、改革の具体案を提起するために、独立系民間シンクタンクとして仕事をし、その仕事は手続きも内容も何もかも公正そのものですから、仕事(調査研究)の主題(タイトル)と正当な対価は、すべて公表されています。
 会計検査院の検査も当然、すべて受けています。
 あなたが「機密資料」だとか奇怪千万にも勝手におっしゃっていることは、法に基づいてとっくに公表されています。
 それを「裏金」だとは何たることですか。
 違法な中傷行為であるだけではなく、民から官を改革する真剣な努力を、極めて不当に妨害する行為です。
 疑問があるのなら、ご自分に酔っ払ったように「裏だ、機密だ」と言いふらす前に、当の官庁、警察庁であれどこであれ、堂々と正面から問い合わせ、お聞きなさい。
 ジャーナリストを自称なさるのなら、あまりに当然の、最低限の義務でしょう。
 こちらには一点の曇りもない。さっさと公に問い合わせなさい。


▼心ある国民のかたがたからは「T氏が明らかに約束を破った以上、青山さんは、もはやメールを出す義務がなくなった。当面の急ぎの仕事に節目がつけば、法的措置をとればいいと思います」というEメールと、個人ブログへの書き込みを、多くいただいています。
 適切な考え方だと思います。
 また「下劣、愚劣な行為には取り合わないで、無視してください」というご意見も少なからず、いただいています。独研(独立総合研究所)の自然科学部長である青山千春博士も、この意見です。

 しかし、わたしは、わたしなりの生き方として、いったん交わした約束は、まずは守る努力をします。
 相手が不正義でも、約束を履行する努力はします。

 現在、12月21日に発刊が迫り、発刊日まで1か月をとっくに切っている書物の原稿を、志の深い編集者に奇跡的に待っていただき、完成しようとしているぎりぎりの過程です。
 1週間を超えてほとんど眠っていない情況です。だからこそ、あなたにEメールを待ってくださるようお願いし、あなたは上記の通り、確実に快諾なさったのです。

 約束通り、Eメールを待ちなさい。
 それだけのことです。
 虚栄心や、自己弁護に動かされて奇妙な事をするのではなく、人間なら男なら、ご自分自身の約束を守って、約束通り待ちなさい。


▼あなたのこれまでの異様な行動からして、このわたしのEメールを一部だけ切り取ってネットにアップするといった怖れがありありとありますから、下掲のEメールのやりとりを合わせて、個人ブログで公表します。
 ただし、あなたに沢山の抗議メールが届くことが予想されますから、それを防ぐために、公表する際には、あなたのメールアドレスは、@マーク以下は削除し、あなたの名前はイニシャルだけにしておきます。

 青山繁晴 2011/11/26 午前7時12分


2011/11/21 07:44:35
T <tachibanakumi0112@…>さん:
>
> 青山繁晴様 はいわかりました。
> お忙しいところ大変申し訳ございません。お返事頂ける日を楽しみにお待ちしております。 よろしくお願い致します。  T


> Date: Mon, 21 Nov 2011 02:41:24 +0900
> > Subject: Re: 取材させて頂きたい内容は4点です。
> > From: info@dokken.co.jp
> > To: tachibanakumi0112@…
> >
> > わたしは今、〆切を過ぎた急ぎのたいせつな原稿のために完全徹夜をしていると ころです。
> > 約束した以上は、丁寧にお答えします。まずは、先日にいただいた長文のEメールにひとつひとつ答えます。
> > ただし、Tさんだけを優先するわけにいきませんから、ずっと前から蓄積している先約を果たしてつつ、お返事を書いていきます。
> > お待ちください。時間をいただきます。
> >
> >  あおやま 拝

(以上のEメールは、相手が多量の抗議メールなどを受けるのを防ぐため、相手の実名をイニシャルのTとした。また、そのメールアドレスの@マーク以下を…とした。それ以外は、すべて原文のまま)

車中にて

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▼みなさん、けっこう寒かったり、また奇妙に暑かったりのなか、お元気ですか?

 ぼくは先ほど、大阪で関西テレビの良心派の報道番組「スーパーニュース・アンカー」生放送への参加(出演)を終えて、いまは、次の出張地に向かう特急列車の車内です。
 もちろん、モバイル・パソコンを開いて、執筆しています。


▼執筆…そうです、「ぼくらの祖国」(扶桑社)の原稿仕上げを、まだ続けています。
 ここまでの送稿で、どうにか、年内発刊の実現は、確実にしました。
 というより、扶桑社のベテラン編集者・田中亨さんをはじめ、校正スタッフのかたがた、写真製版のかたがたら沢山の人たちが 「全社を挙げて」 (田中さん)、年内発刊に努力を続けてくれているおかげです。

 12月21日に書店に並ぶ予定は、12月27日に変わりました。すべてぼくのせいで、ずれ込みました。
 ごめんなさい。
 12月27日火曜に、都市の大きな書店に並び、翌日28日水曜には、全国の書店に並びます。
「もう予約しても大丈夫ですか」という問い合わせもいただいていますが、そうです、もう予約なさっても大丈夫です。
 前述したように、まだ原稿の最終仕上げは続いていますが、本ができあがりつつあります。

 写真をかなりたっぷり、それもカラーで入れました。
 表紙は、赤と白のデザインです。


▼ぼく自身は、いったい何日もう、お布団・ベッドに入っていないのか、分からなくなってしまいました。
 2週間はとっくに超えていて、もう3週間近いのではないでしょうか。

 26歳で共同通信に記者として入社し社会人になってからずっと、忙しい日々ではありましたが、こんなにも仮眠すら取れないのは、いくら何でも初めてです。
 毎日毎日、講演であったり、大学(近畿大学経済学部)での講義であったり、テレビ・ラジオへの参加(出演)であったり、原発の大きなリスクをテロリストや北朝鮮につけ込まれないようにするための公職での会議であったり、とにかく日程は詰まりに詰まっていて、それらも一切、人間としてごく当然ながら、手を抜くことはないし、いかなる日程もドタキャンはしませんから、執筆は細切れの車中や、世が深く寝静まる真夜中しかないわけです。
 睡眠は、タクシーの車内などで、5分取ったり、そんな感じです。

 そのさなかに、このひとつ前の書き込みで記した奇怪なことも起きたわけですが、いずれにせよ、天の命じるまま、いのちの最期の一滴、ひとしずくまでを捧げ尽くして、祖国が甦るための、ちいさなちいさな寄与を致すだけです。
 淡々とした気持ちです。


▼きょうは11月30日、あと数時間で、はや師走です。
 12月に入ると間もなく、サンフランシスコに向かい、毎年、参加している世界最大の資源・エネルギー・環境・宇宙をめぐる学会、「地球物理学連合」(AGU)に参加します。
 そのために、来週12月7日水曜のアンカーは、参加(出演)できません。VTRでの参加もありません。
 その次の週は、無事な顔を見せられるよう努力します。
 そのときにまた、お会いしましょう。


▼この特急はがらがらに空いています。
 ぼくの斜め後ろの席では、年配のご夫婦が、仲よく弁当を食べてらっしゃいます。
 温泉か何かに向かうのでしょうか。
 静かな会話も楽しそうで、奥さまは今、安心しきったような大あくびもしましたよ。

 こんなちょっとした、あたたかな光景を見ると、めげずにやろうぜ、という元気が胸中ひそかに湧いてきます。
 
 われら独研(独立総合研究所)は、国民を理不尽なテロリズムから護る民間防衛をつくるための独立系シンクタンクであり、日本の子々孫々に自前資源(日本海のメタンハイドレート)を渡すためのささやかな努力をする独立系シンクタンクでもあります。
 その社長・兼・首席研究員としての任務や、プロの物書きとして書店に良心的な本を並べることについて、やる気があらためて出るのです。


▼写真は、被災地の宮城県・南三陸町へ4月23日土曜に入ったときの一枚です。
 福島第一原発の構内深くに入った翌日です。

 地獄の炎のように、瓦礫が自然発火していた光景が忘れられません。
 このときのことも、「ぼくらの祖国」には書き込みました…。


苦闘千里

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▼みなさん、いまサンフランシスコの夜中、というか夜明け前の午前3時49分です。
 毎年、このシーズンにここシスコで開かれる、資源エネルギー・環境・宇宙をめぐる世界最大の国際学会「AGU」(地球物理学連合)オータム・ミーティングに出席しています。
 独研(独立総合研究所)の戦う自然科学部長、青山千春博士と同道しています。

 彼女は、メタンハイドレート探索の国際特許(アメリカ、オーストラリア、中国、韓国、ロシア)と日本国内特許を持っていますから、AGUのスターのひとりですが、特許料は1円、1ドルも取っていません。
 独研の社長として、経営難にも耐えかねて「特許料を取るぐらいは、すべきではないか」と彼女に聞いたとき、「え? この特許は祖国のためですから。わたしの探索技術は簡便に使えるので、そのうち中国や韓国が『自分たちが開発した。日本は使うな』と言い出すことも、あり得ます。そのときに日本を護れるように特許をとっただけです」と答えたことは、忘れられないですね。
 ぼくは思わず、「おまえ、祖国なんて言葉をどこで聞いた」と言いました。
 彼女は純然たるサイエンティスト、自然科学者であり、ふだん、社会科学をめぐることについて、ほとんど何も言わないからです。
 そして、敗戦後の日本社会は祖国を語ることのない、世界でほぼ唯一の国ですから、ぼくはここ何年も「ぼくらの祖国」という新刊を出そうと、取り組んできました。

 二度にわたって、パソコンの中の、この原稿だけバックアップも含めて全文が消されていたり、これほど異常なまでに産みの苦しみがあった書も、初めてです。
 それがついに、最終の最終段階に入っています。


▼もう4週間ほどになるでしょうか、まともに布団、ベッドに入っていません。
 ふだんのウルトラ過密日程をすべて、すべて約束通りにこなしながら、また極めて理不尽な中傷誹謗、嫌がらせも受けながら、眠る時間はほぼ全部、この「ぼくらの祖国」の完成に捧げてきました。

 成田からシスコへの機中も、30分ほど仮眠しただけで、食事中も書きに書き続け、太平洋を越えて機が着陸する、ほんの少し前に全文脱稿しました。
 サンフランシスコ空港の到着ロビーで、ネットに繋いで、パソコンから出版元の扶桑社に送り込みました。

 そしてホテルにチェックインして、ベッドに何でもいいから横たわりたいという、ほんとうに強い誘惑を感じつつ、前日にシスコ入りしていた青山千春博士とともに、そのまま寝ないで学会に参加してきました。
 ことしは、日本の3.11の分析一色という感もある学会になっています。
 シスコはクリスマス前の独特の雰囲気で華やぎつつ、去年より明らかにホームレスのひとが増えています。


▼現在は、ホテルの部屋で、寝ないでゲラの直しに取り組んでいます。
 時間が無いのと、ぼくが海外に出てしまったために、いつもの印刷されたゲラではなく、ワード上での直しですが、かえってやり易かったりします。
 これをシスコ時間の今夜10時までに終わらせれば、ぼくとしては、すべて終了です。
 逆に、それが遅れれば、「一切の努力が水泡に帰して年内出版が不可能になる」と、扶桑社からはキョーハクの、いやいや、編集者が最後までぼくのお尻を押してくれる連絡が来ています。


▼しかし、明らかに山は越えました。
 12月27日から主な書店に並び始め、28日には全国の書店に回ります。

 初版の部数と定価もすでに決まりました。
 初版は1万2千部、前代未聞の出版不況のさなかとしては、少なくない。
 ただ…多くはありませんから、予約でかなり埋まるかも知れません。

 定価は、1575円(本体価格1500円)です。
 千円ぐらいの本にして、中高生にも、もっと買いやすい本にしたかったのですが、かなりページ数もたっぷりの本になりましたから、2年半前の「王道の日本、覇道の中国、火道の米国」(PHP)とまったく同じ定価になりました。そのまえの「日中の興亡」(PHP)とも同じです。
 財布に負担をかけて、心苦しいです。

 ちなみに、この「王道の日本…」も「日中の興亡」もまだ、売れ続けていて、版を重ねています。
 すべての読者のかたがたに、あらためて深い感謝を捧げます。

 さぁ、ゲラ直しに戻ります。
 写真は、その卓上です。
 地元テレビからは、ぼくの好きなサンタナのライブがずっと流れていて、いい感じです。

 窓の向こうに、寝静まるシスコの街並み、その遙か向こうは、ぼくらの祖国です。


早速、こんな書き込みをもらいました。

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「お忙しいところ申し訳ありません。
 新刊『ぼくらの祖国』を予約しようと思っているのですが、以前『王道の日本、覇道の中国、火道の米国』の発刊記念サイン会をされていましたが、今回は、サイン会などの予定は考えていらっしゃるのでしょうか?
よろしくお願いします」(男性のかた)


 うん、やりますよ、もちろん!
 まだ扶桑社には話してないけど、きっとやれる。

 みんな、そこで会いましょう。
 握手しよう、(特に希望されるかたには)ハグしよう。
 祖国は甦る。
 それを一緒に、感じましょう。


    サンフランシスコ時間 西暦2011年・平成23年・皇紀2671年12月6日火曜 午前5時47分

シスコの月に吠える

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▼みなさん、今はサンフラシスコ時刻の12月8日未明4時25分です。
 2年半ぶりの新刊「ぼくらの祖国」は、ようやく、ぼくの執筆およびゲラ直しがすべて終わり、いま出版元の扶桑社で詰めの作業が行われています。

 正直、命を削りに削ったと言うほかありません。
 26歳で社会人になってから、ずっと多忙な仕事生活ではありましたが、ここまで極端に過酷な徹夜仕事を続けたことはありません。
 信じがたいことに、4週間ほど、ただの一度もまともに睡眠を取りませんでした。

 そしてこの「ぼくらの祖国」執筆以外の仕事も、一切手を抜くことはありませんでした。
 会食などの約束も、一度交わした約束は守るよう力を尽くしますから、すべて予定通りに果たしました。


▼さて、ゲラを直すとき、がんがん新たに書き加えていったために、扶桑社の編集者によると30ページ近くも本のページが増えてしまったそうです。
 そのために、定価が1500円の予定から、100円上がって、1600円になりました。
 みなさんの財布に負担をかけます。ごめんなさい。
 うーむ、もともとは1000円ぐらいの薄い本を考えていたので、うーむ、予定外です。

 ただ、その書き加えはどうしても必要なものでした。
 本に良心を込めるためには、欠かせない書き加えでした。
 100円の負担増を、どうか許してください。


▼最後に決まった予定通り、12月27日に主要な書店に並び始め、28日に全国の書店に回ります。
 といっても初版は1万2千部ですから、予約をされていないと、なかなか届かない書店もあると思われます。
 無理に予約をお勧めするつもりは、ゆめ、ありません。
 ただ、年末年始に読みたいなというかたは、予約なさらないと手に入らないかもしれないのが実際のところです。


▼サイン会は、必ず行います。
 みなさんと会いたいからです。
 すでに日程調整に入りつつあります。


▼きのうシスコ時刻の朝7時28分に、本の最後に入る「あとがき」のゲラ直しを扶桑社にメール送信して、ぼくの執筆は終わりました。
 このときも、完全徹夜でした。

 徹夜明けのまま、サンフランスシスコに同道している青山千春博士(もちろん睡眠、充分です)と朝食を食べに行き、しっかり食べて、ホテルの部屋に戻って、すぐに眠りました。
 胃が生まれつき丈夫なので、食べてすぐに寝ても問題ない、というかお腹いっぱいの方がしっかり眠れます。

 しかし、シスコに来ている本題である学会出席があります。
 だから4時間ほどだけ眠ったら、ふらふらしつつ起きて風呂に入り、資源・エネルギー・環境・宇宙をめぐる世界最大の国際学会、AGU(地球物理学連合)の会場に歩いて行きました。

 歩くうち、目が覚めていくだけでなく、体調がずいぶんと回復しているのをはっきり感じました。
 2月に大腸癌の手術をして以来、癌はごく早期で問題なかったけれど、全身麻酔で大きく開腹する手術をした影響が残って、本来の体調では全くなかったのです。
 ところが、この過酷な4週間を経て、むしろ体調が戻ってきたのを実感しています。

「ぼくらの祖国」は終わっても、独研(独立総合研究所)から完全会員制で配信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)をこの12月には合計11本、送る予定ですから、休むことは全くできません。

 それでも、気分は悪くありません。

「ぼくらの祖国」は、パソコンの中の原稿が、バックアップまで含めて、狙い撃ちのように二度にわたり完全破壊されたという不可思議な事件から、難行苦行が始まりました。
 そして、ようやくに仕上げの段階になったときに、このブログにもあえて記している、奇怪にして、あまりに悪質な名誉毀損が発生し、非常な妨害を受けました。
 しかし、とにもかくにも、すべての障害を打ち破って、発刊に至りました。

 祖国が甦るために、どれぐらいこの書が貢献できるかは、天がお決めになります。
 ぼくは、ようやくにして、物書きにも戻りました。
 今まであたためてきたものを、どんどん書物にしていきます。


▼写真は、きのうの夕方に携帯で撮った、学会の光景です。
 すさまじい人の群れでしょう。
 これがひとりひとり全員、研究者と学者なんです。
 世界中から集まっています。
 事務局によると、発表を申告した人だけで、2万人だそうです。ふひ。

 会場の外には、月が出ていました。
 画面の上は、満月の光です。
 研究者と学者が、会場の外に出ても熱く議論しています。

 きょう12月8日は、真珠湾攻撃から70年の日です。
 まだ70年しか、経っていないのです。


よやく、ようやく

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▼きのう12月11日・日曜の午後に成田に帰国、そのまま東京へは帰らないで(…ホントは帰りたかったぁ。おーい、繁子ぉ)、国内便に乗り継いで、今度は、国内出張に向かいました。
 小松空港に着いて、そこから特急とタクシーを乗り継いで、いま北陸にいます。
 日本はもちろん、いいですねぇ〜。

▼サンフランシスコから成田への機中は、わずかに眠った以外は、独研(独立総合研究所)から完全会員制で配信している東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の執筆に集中し、国内線でも書き続け、特急でもタクシーでも、それから北陸の小さなビジネスホテルでも書き続け、さきほど、まずは主としてシスコで執筆しブラッシュアップ(磨き上げ)を急いでいた2本を、東京の独研本社に送りました。

▼「ぼくらの祖国」は、ネットでも書店でも一部では、もう予約できるようになったようですね。
 喜びの書き込みを、この地味ブログにもいただきました。

 報われます、感謝です。




ちょいと

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▼扶桑社の編集者からEメールがあり、初版の部数を間違えていたそうです。
 1万2千部と知らせるEメールをもらっていたのですが、1万5千部が正しいとのこと。
 ぼくも寝ていなかったけど、編集者も寝られない情況でしたからね、Eメールの打ち間違いもあるでしょう。


▼だから、ちょいと増えました。
 ちょいと、でも嬉しいです。

「楽天のベストセラーで、30位にランクされていますよ」という報せも読者の方からいただきました。
 売れ行きだけがすべてじゃないけど、これも嬉しいです。

 いま北陸のローカル線で、各駅停車に乗っています。
 夜を越えて、東へ進みます。
 なんとなく、銀河鉄道のようです。銀河鉄道を生みだした宮沢賢治さんは、ぼくがいちばん、敬愛する書き手のひとりです。

 子供の頃から、その宮沢賢治さんの作品群のなかでも、「セロ弾きゴーシュ」が際立って好きだった。
 あぁ、ゴーシュのように、夜っぴて練習していた気分です。
 ぼくはゴーシュのように生きたかった。それが本心です。

 ゴーシュも、夜ごと聴いてくれる動物たちと、舞台を待ってくれている聴衆がいたから、眠らずにセロ(チェロ)を弾くことができました。
 ぼくの、つたない本を待っていてくれて、そして予約までしてくださったみなさん、おかげでゴーシュになれるかも、です。

 感謝してもしきれませぬ。

The Morning Star

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▼シスコから成田空港へ、成田から、小松空港へ、小松から北陸路へ。
 そして12月12日の深夜、久しぶりにいったん東京へ帰りました。
 休まずに、会員制レポート、東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の年末特集の4本目を書く。
 このTCRはことし、癌手術や福島原子力災害などの影響で配信本数が少なくなっていたので、この12月の年末特集を11本、集中配信するつもりなのです。
 

 机に向かうのは、疲労の激しさからして、さすがにちょっと心に負担が大きいので、ソファでモバイルパソコンを開いて書いていると、繁子がトーゼン、膝に乗ってきて大昂奮。
 机で書いていると繁子が膝に乗れなくて寂しいだろうという気持ちもあって、ソファで書いていたのですが、繁子の喜びようは、はんぱじゃなかった。
 帰宅して玄関を開けると、繁子はいつも夢中で突進してきて、ぺろぺろ攻撃を繰り出すのですが、それも、すごかった。
 ごめんね、繁子、寂しかったんだね。

 レポートを書いている途中、午前1時前ぐらいに、ソファで無意識に寝込んでしまう。
 ホントはすこしでも、ベッドに横になりたかったので、自分のだらしなさに、がっかり。
 まぁ、とはいえ、ベッドでちゃんと寝たら起きられなかったかも。
 朝早くに、自宅を出て、入院中の母を見舞いに行き、そのまま関西へ出張に出ねばならないから、起きられなかったら大変だべや。

 午前3時半過ぎに、目を覚まして、レポート執筆を続けて、午前4時半ごろ、繁子を散歩に連れていきました。
 元気いっぱいの繁子と、寒さを気持ちよく味わいながら歩いていると、真っ直ぐ正面の空に、明けの星がくっきりと現れました。
 大きなお月さまが出ているのに、その光に負けずに、青く滴るように輝いています。


▼ぼくはこころに沁み入るように、静かに、感激したのです。
 明けの星には、忘れられない思い出があります。
 29歳のころ、共同通信の京都支局に属する事件記者として、京都の伏見区深草に棲んでいたとき、明け方まで刑事たちを夜回り取材して、マンションに帰りました。
 疲れ果ててベランダに出ると、東山連峰の南のはし、伏見稲荷の上の夜明け前の空に、明けの星が、ほんとうに青いしずくがたっぷりと滴るように、輝いています。

 ぼくはそのとき、「俺は世の中を良くしたいと思って、記者になった。その仕事を貫いて、貫いて、そしていつか、ひとりの物書きであることと両立させる」と胸に誓ったのです。

 その誓いを忘れたときはありません。
 20年近く、記者を務め、ペルー日本大使公邸人質事件をきっかけに記者を辞め、そして日本初の独立系シンクタンクを創立することになるとは、そのときは知りませんでしたが、不肖ながらシンクタンクの社長と首席研究員を務める志は、記者時代と寸分、変わらない「世の中を良くしたい」という気持ちです。

 亡くなった父は、「おまえは、記者の仕事だけではなくて、いつか実務をやって欲しい」と言っていました。
 父が、繊維会社の現役社長のまま、医療過誤で窒息死を遂げるまで、その言葉が胸に迫ることはなかったのです。しかしペルー事件で記者を辞める決心をしたとき、その言葉が甦りました。
 いま独研(独立総合研究所)の、テロから国民を護ることをはじめとする実務を通じて、祖国にほんのささやかに献身することを貫きつつ、物書きとして再出発することを、この秋に誓いました。

 ずいぶんと心身に無理はかけたけれども、その再出発の第1作が、あと2週間ほどで書店に並ぶことになり、そして、ふたたび明けの星に出逢いました。

 実は、新作の「ぼくらの祖国」の第1章は、「明けの星の章」と名付けているのです。
 今朝の出逢いに、深い感謝を捧げました。


▼繁子と家に戻り、パソコンをまた開くと、この地味ブログに、独研のまだ新しい会員組織「インディペンデント・クラブ」の会員のかたから書き込みがありました。
「アマゾンでも予約できるようになりました。ランキングの17位です」とあります。
 へぇ、と思ってアマゾンを見てみると、10位です。

 まぁ、2年半もお待たせしましたからね。
 最初だけです、謙遜ではなく。

 しかし、わざわざ予約してくださったみなさん、どうやって感謝したらいいのかな、と思うほど嬉しいです。
 サイン会などで握手に、ハグです。ふひ。


▼「王道の日本、覇道の中国、火道の米国」そして「日中の興亡」(いずれもPHP)も、なぜか同時に再びよく売れている、読まれているのも、か〜な〜りの喜びです。
 一作一作、当たり前ながら一切、手抜きをせず、心血を注いで書いているので、どの作も、たいせつな親友ですから。

 ふつうなら、おのれの著作は「我が子」と言うところかも知れないけど、ぼくは「書いたものはいったん手を離れて書籍になれば、それは我が子ではなく親友と考えるべきだ。社会の共有物だから」というのが、プロの書き手としての、ちいさな信念のひとつです。


▼さぁ、冒頭の写真が、その明けの星なのです。
 空の彼方を携帯電話で撮りましたからね、見にくいでしょうが、見えますか、青いしずくが−。

 下の写真は、アマゾンに出ていた新刊の表紙写真です。



The Fireman

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▼きょうも新幹線の車中です。
 夕方から夜に向かうなかで、西へ疾走しています。

 きょうは、朝早くに自宅を出て、まず、東京・三鷹にある消防大学校に向かいました。
 何年か前から続けている、消防官や自治体の危機管理担当者への講義です。
 ことしは「危機管理・国民保護コース」の担当です。

 朝8時半ごろに着いて、学生(受講者)の名簿をもらうと、首都を担うひとびとの参加がほとんど無い。ひとりしか、いらっしゃらない。
 こころのなかで大変に申し訳なかったけれど、あえて自分を励まして、怒った。
 サンフランシスコで参加していた国際学会(AGU)でも、日本の首都圏直下型地震と富士山などの噴火が大テーマになっていたのに、これでいいのでしょうか、と。
 不肖ぼくの講義への出欠を言っているのではありませぬ。
 この学生名簿は、消防大学校の「危機管理・国民保護コース」全体の名簿だから、そのコースへの首都からの参加がきわめて少ない、という実情です。
 首都を担うひとびとは、ふだんから、ほかで充分に研修されていることは承知のうえで、他の道府県からの参加者への影響も考えて、怒りました。

 そのあと懸命に講義して、3時間あまり、ぼくのささやかな命をカンナで削って、提供しました。
 怒ったからには、より深い責任が、ぼくに生じたから。

 みなさん、ほんとうに誠実に受講してくれました。
 消防官は、日本社会でも、もっとも良質の人材です。もちろん首都を担うひとびとも、世界最高水準の志とモラールと技術を持っています。
 がんばれ、ぼくらの祖国のファイアマン! これからも連帯するぞぉ。


▼さて、新刊の方の「ぼくらの祖国」ですが、版元の扶桑社から2点、連絡がありました。

▽都心の大型店―紀伊国屋本店や丸善丸の内、八重洲ブックセンターや神田三省堂など―は12月27日の夕方おそくから店頭に並ぶと思われますが、地方は12月29日からになるそうです。

▽サイン会はまず、ジュンク堂大阪本店で2月5日(日)で決まりました。
 スタート時間は、調整中です。

 ほかでも、どんどんやります。またお知らせを待ってくださいね。


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