▼世におのれを晒して生きていると、いくらか驚くことは、実はたくさん起きます。
かつて、中国の独裁者を評して「毛沢東じゃなくて、もうたくさん、だ」と言った人がいて学生だったぼくは吹き出した記憶があるのですが、関係ないけどそれを思い出してしまう。
ぼくが、ひとりの個人としてやりたいのは、するスポーツ(アルペン・スキー、モーターレーシング、乗馬、スキューバダイビング、テニスそしてサーフィン)と小説を書くことです。
やりたいこと、好きなことはいちばん後回しにして、やらねばならないと考えることを、徹底的に優先してやって来ました。
それは、ぼくの受けた家庭教育のもたらした生き方です。
その家庭教育をほどこしてくれた父は、現役社長のまま医療ミスで急逝し、そして母もいま骨となって、ぼくの隣にいます。
去る7月25日午後4時前、ぼくを産んだ日というだけではなく時刻までぴたり合わせて亡くなった母は、日本キリスト改革派教会のクリスチャンとして十字架を掲げた骨壺に入って、しばらくぼくの仕事部屋で、末っ子のぼくの仕事生活を見ながら過ごしていました。
そして今日、神戸のプロテスタントの共同墓地に納骨するために、海の見えるその墓地へ向かっている途上なのです。
青山千春博士と、息子たちふたりが同行しています。
その礼拝などを終えると、名古屋へ移動して、今日も仕事です。
母を葬れば、こうした仕事生活を見直していくかもしれません。
母は、魂魄となってぼくの部屋で仕事生活の実情を見ながら、やはり呆れたり心配したのじゃないかなと感じています。
もう、そこまでにしたら? という声が聞こえるようでもあります。
▼いくらかは驚くこと…ごく最近の例では、ある著名な評論家が主宰なさっている勉強会から熱心なお招きがあるので、徹夜のまま出向いて、ささやかなりに力を尽くして話していると、初老の男性が話を中断させるように割って入り「拉致被害者や家族の言っていることなど、でたらめだ」と叫びます。叫び続けます。
つまり拉致事件について話をするなというわけです。
この勉強会の事務局によると、日本のメーカーを定年退職なさった「ふつうの元サラリーマン」とのこと。
もちろん、こんな妨害に負けるわけもありません。そのあと、予定を大きく超えて2時間半以上、みなさんの眼を見て話し続けました。
勉強会の参加者の輝く眼に支えられました。
この地味ブログへの最近の書き込みでは、誠実に語りながら実際はみずからその書き込みの末尾に「…かなりの想像を交えて書き込んでいるので、全く的外れな部分があるかと思います」と記されているとおり、空想に基づいたまるまる的外れのことを延々と記されたものが届いたりします。
悪意だけによる、箸にも棒にもかからない中傷誹謗、あるいは人間として救いようのない嫌がらせの書き込みは、常にあります。
こうしたものはむしろ一切、読まないので、ぼくにいかなる影響を与えることもできません。
ただ「誠意ある的外れ」というのは、読みますから、その直後は意欲の減退がわずかながら起きます。
その人を責めるつもりはゆめ、ないし、そもそもタイトルもハンドルネームも何も無い書き込みですから、どうしようもないのですが、徒労感をちらり覚えます。
この二つの例、ひとつ目は、いつも申しているように「ぼくらは少数派であることを積極的に自覚しましょう」ということには繋がります。
恐るべきことですが、みんなが拉致被害者の奪還、帰国を願っているわけではないのです。
敗戦後の教育が徹底的に染みわたっているひとが、朝日新聞のいまの社長から、真面目に働いて定年退職なさったサラリーマンまで、まさしく驚くほどたくさん、いらっしゃるのが敗戦後の社会です。
ぼくが今後、どういう仕事をするにしても、この現実はしっかり踏まえたいと考えています。
ふたつ目は、書き込みをされた方ご自身がお考えになることです。
▼さて、この「気を取り直して… その2」は京都のサイン会です。
ことしの敗戦の日に合わせて刊行した「死ぬ理由、生きる理由 英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、たとえばここです)のサイン会は、東京、大阪ですでに、会場に入りきれないほど多く来てくださった方々とお目にかかり、サインし、握手し、希望されるひとにはハグをしました。
そして、すでに西宮(9月13日土曜、ブックファースト西宮ガーデンズ店)、それに名古屋(9月14日日曜、名古屋駅近くの星野書店近鉄パッセ店)が決まっていて、きょうは京都の告知です。★みなさん、ただし書店の受け付け開始は9月8日月曜からです。
▽まずは初開催の名古屋ですが、予想以上に多くの応募があったので、枠を急ぎ拡大したそうです。
そのためにわずかながら、まだ受入可能ということです。
ここにアクセスしてみてください。
▽京都は、以下に書店さんが作成されたポスターを現物のままアップしておきます。
かつて、中国の独裁者を評して「毛沢東じゃなくて、もうたくさん、だ」と言った人がいて学生だったぼくは吹き出した記憶があるのですが、関係ないけどそれを思い出してしまう。
ぼくが、ひとりの個人としてやりたいのは、するスポーツ(アルペン・スキー、モーターレーシング、乗馬、スキューバダイビング、テニスそしてサーフィン)と小説を書くことです。
やりたいこと、好きなことはいちばん後回しにして、やらねばならないと考えることを、徹底的に優先してやって来ました。
それは、ぼくの受けた家庭教育のもたらした生き方です。
その家庭教育をほどこしてくれた父は、現役社長のまま医療ミスで急逝し、そして母もいま骨となって、ぼくの隣にいます。
去る7月25日午後4時前、ぼくを産んだ日というだけではなく時刻までぴたり合わせて亡くなった母は、日本キリスト改革派教会のクリスチャンとして十字架を掲げた骨壺に入って、しばらくぼくの仕事部屋で、末っ子のぼくの仕事生活を見ながら過ごしていました。
そして今日、神戸のプロテスタントの共同墓地に納骨するために、海の見えるその墓地へ向かっている途上なのです。
青山千春博士と、息子たちふたりが同行しています。
その礼拝などを終えると、名古屋へ移動して、今日も仕事です。
母を葬れば、こうした仕事生活を見直していくかもしれません。
母は、魂魄となってぼくの部屋で仕事生活の実情を見ながら、やはり呆れたり心配したのじゃないかなと感じています。
もう、そこまでにしたら? という声が聞こえるようでもあります。
▼いくらかは驚くこと…ごく最近の例では、ある著名な評論家が主宰なさっている勉強会から熱心なお招きがあるので、徹夜のまま出向いて、ささやかなりに力を尽くして話していると、初老の男性が話を中断させるように割って入り「拉致被害者や家族の言っていることなど、でたらめだ」と叫びます。叫び続けます。
つまり拉致事件について話をするなというわけです。
この勉強会の事務局によると、日本のメーカーを定年退職なさった「ふつうの元サラリーマン」とのこと。
もちろん、こんな妨害に負けるわけもありません。そのあと、予定を大きく超えて2時間半以上、みなさんの眼を見て話し続けました。
勉強会の参加者の輝く眼に支えられました。
この地味ブログへの最近の書き込みでは、誠実に語りながら実際はみずからその書き込みの末尾に「…かなりの想像を交えて書き込んでいるので、全く的外れな部分があるかと思います」と記されているとおり、空想に基づいたまるまる的外れのことを延々と記されたものが届いたりします。
悪意だけによる、箸にも棒にもかからない中傷誹謗、あるいは人間として救いようのない嫌がらせの書き込みは、常にあります。
こうしたものはむしろ一切、読まないので、ぼくにいかなる影響を与えることもできません。
ただ「誠意ある的外れ」というのは、読みますから、その直後は意欲の減退がわずかながら起きます。
その人を責めるつもりはゆめ、ないし、そもそもタイトルもハンドルネームも何も無い書き込みですから、どうしようもないのですが、徒労感をちらり覚えます。
この二つの例、ひとつ目は、いつも申しているように「ぼくらは少数派であることを積極的に自覚しましょう」ということには繋がります。
恐るべきことですが、みんなが拉致被害者の奪還、帰国を願っているわけではないのです。
敗戦後の教育が徹底的に染みわたっているひとが、朝日新聞のいまの社長から、真面目に働いて定年退職なさったサラリーマンまで、まさしく驚くほどたくさん、いらっしゃるのが敗戦後の社会です。
ぼくが今後、どういう仕事をするにしても、この現実はしっかり踏まえたいと考えています。
ふたつ目は、書き込みをされた方ご自身がお考えになることです。
▼さて、この「気を取り直して… その2」は京都のサイン会です。
ことしの敗戦の日に合わせて刊行した「死ぬ理由、生きる理由 英霊の渇く島に問う」(ワニプラス、たとえばここです)のサイン会は、東京、大阪ですでに、会場に入りきれないほど多く来てくださった方々とお目にかかり、サインし、握手し、希望されるひとにはハグをしました。
そして、すでに西宮(9月13日土曜、ブックファースト西宮ガーデンズ店)、それに名古屋(9月14日日曜、名古屋駅近くの星野書店近鉄パッセ店)が決まっていて、きょうは京都の告知です。★みなさん、ただし書店の受け付け開始は9月8日月曜からです。
▽まずは初開催の名古屋ですが、予想以上に多くの応募があったので、枠を急ぎ拡大したそうです。
そのためにわずかながら、まだ受入可能ということです。
ここにアクセスしてみてください。
▽京都は、以下に書店さんが作成されたポスターを現物のままアップしておきます。
