*日々の点描 オン・ボード その4
【12月4日火曜 続き】
▼午後2時半に、Y秘書とタクシーに乗り込み、東京・蒲田へ。
ちょっとかわいい感じの地元ホテルに着く。
メガバンクの主催で、東京大田区の技術力の高い中小企業の社長さんたちが集まってくださっている。
「こいつに何が分かるのか」という感じの?厳しいまなざしから、期待いっぱいの、わくわくなさっている眼まで、どれも真っ直ぐに受け止めて、そして何となく会場の空気を、むしろアットホームに身近に感じて、講演する。
舞台から降りて、戦う中小企業のかたがたの眼の奥をのぞき込むようにして、ぼくなりに気を込めて、日本経済の新しい希望を、ほんとうに声を枯らして、下手くそなりに語った。
▼後半から、どんどん空気が変わってくるのが分かる。
いちばん厳しいまなざしだったかたが、いちばん優しい表情に変わられている。
ぼくは、ぼくよりずっと年長のかたでも、ずっと若いかたでも、関係なく、みなさんの肩をひとりひとり抱きながら、ハグしながら話したい衝動に駆られる。
中小企業こそ、技術に賭ける志が高い。日本経済の宝そのものだ。ぼくは全身で応援したい。
次の講演に移動する予定時間を超えて、懸命に話すうち、Y秘書が会場隅で、これも彼女なりに必死にサインを送っている。
今日は最後に国際線の飛行機の出発時間が迫ってくるのだから、彼女が心配するのも当然だ。
多忙な社長さんたちが延長時間も含めて、真剣に最後まで聴いてくださったことに、感謝しきれない気持ちで、終了。
▼講演会場から本気で疾駆して、タクシーに飛び乗ると、まずは潰れた喉に、ペットボトルの水を染み通らせる。効果は、ほとんどなし。のど飴も食べる。わずかに効果。
隣の席のY秘書や、前席の運転手さんに話しかけると、ガラガラヘビのような声になってしまっている。
ふひ。
今夜はガラガラヘビの講演かな。あのね、お祭りのお化け屋敷の講演じゃないんだから。
タクシーは今度は、六本木ヒルズの豪華なホテルに着く。
ある巨大な投資会社が主催して、年に一度だけおこなうイベントだそうだ。
機関投資家のなかでも日本を代表するようなところとか、個人投資家でもランキングでトップ級だけを招いて開く、感謝イベントという。
講演が始まるまえに、名刺交換をしつつワインを飲む。渋みが効いてて、おいしい。
そのまま別室に移動し、食事の出ているテーブルに聴衆が座られ、ぼくは講演を始める。
ワインが効いて口も軽く、と言いたいところだけど、まったく影響はない。それほど、やわにできてはいない。
酔いはなくとも、ワインの素晴らしい渋い味わいは残っていて、ちいさなちいさな幸せは感じる。
講演は、力のあるひとびとへの話だけに、厳しい指摘をどしどし盛り込んだ。
日本経済のエリート群の一角と言えるひとびとは、最初は淡々と、後半は、ひとことも聞き漏らすまいという秘めた熱意が伝わってくるように、真摯に聴いてくださった。
▼資金ショートに苦しむ人も多い中小企業から、潤沢な資金の投資先に悩む強力投資家へ、同じ日に話するのは、あまりない機会だ。
ぼくにも、よい勉強になった。
声は、タクシーのなかでも、講師控え室でも、完全に潰れていたけど、講演本番を始めると、不思議に、ある程度は艶(つや)が甦ってくる。
この講演会も、可能な限り延長し、ぼくはもちろん、ほとんど何も食べずに、またタクシーに飛び乗り、Y秘書と羽田空港の新しい国際線ビルへ。
▼後者の講演会の主催者が渡してくださったお弁当を、空港で、ぼそぼそと、すこし食べる。Y秘書が買ってきてくれたアイスクリームが、よき幸福でありました。
そして出国ゲートへ。
ここしばらく、来る日も来る日もY秘書と日帰り強行軍をこなしてきたので、出国ゲートで、思わず胸いっぱいに感謝の気持ちが沸きあがる。
仕事だから当たり前?
うん、その通り。
しかし、苦労人の彼女は、機嫌、不機嫌の波はちらりともみせずに、ぼくのくだらない冗談に本気で、マジで笑い転げながら常にアテンドしてくれるのは、ほんとうに助かる。
ここは欧米ではなく東洋の日本だから、誤解を受けることもあるだろうけど、出国ゲートで握手とハグをして、感謝をありのままに伝える。空港では、ぼくが誰だか割と気づかれることもあって、しっかり、じろじろと見られる。
しかし、思ったままの行動は変えない。
Y秘書は、たまたま、まだ24歳で、見かけも中学生か高校生のようだから、たまに「青山さんが女性連れでいる」という眼や、ささやきも耳に入ることがある。
大阪のお好み焼き屋で、関西テレビの打ち合わせ前にY秘書と食事をしていたら、大阪のダイナミックな女性軍団に「あ、青山さんが、女連れでご飯食べてるわ」と口々に叫ばれたことがある。
ぼくらは吹き出して、一応ぼくは、「あのー、うちの正社員の秘書なんですけど」と言ったが、すると「いやぁ、ヒショやってヒショ、ぎゃはは」と返されたので、もう気にする気分にもならず、かまわないので、そのままにした。
あとで、Y秘書に「今ごろ話が百倍になって、千里(せんり)に広がってるぞ」と言うと、Y秘書は平然と笑っている。
Y秘書は大阪生まれ、大阪育ちの近畿大学卒業生だ。卒業の時に、法学部長から優等表彰を受けている。
ぼくが「ヤング大阪おばちゃん」と呼ぶと、平気で「はーい」とちゃんと明るく返事をする。
お好み焼き屋のおばちゃんたちも含めて、たいしたものです、大阪の女性たち。バイタリティと天真爛漫な明るさが気持ちいい。
さて、ぼくはゲートでY秘書と別れ、セキュリティ・チェックを受けて、出国した。
ラウンジで仕事をしていると、すぐに搭乗時間。
羽田専用かな、とも思える機材は、狭くて、仕事にするにもトイレに行くにも臨席のひとに気を使う。
あまり映画も見ずに、仕事を続け、すこしうつらうつらすると、もう9時間半近いフライト時間が過ぎ、見慣れたサンフランシスコ湾が近づいてくる。
▼アメリカに入国すると、ロビーで待っているはずの出迎えの運転手さんがいない。
どう探してもいない。するとドライバー、一般の客と紛れて、スマホだかタブレットに夢中になっていた。
すでに料金は日本から振り込んでいるのに、ぼくの名を記したプレートを広げることすら、していない。
悪意はないとも言えるが、労働モラルのあまりの低さに、「この男のためでもあるよね」と考えて、しっかりと厳しく注意した。
背の高い白人の彼は、あっさりと謝った。すなおで、いい人柄だと思う。ただ、うーん、この人柄の良い、のんびりぶりがまた、ちょっと逆に働いて、まあ、同じことを繰り返すだろうな。
それでも、タクシーはシスコの高速を順調に走り出した。
今回のシスコは西海岸、j0月に行ったボストンは東海岸。
気候も、ひとびとの気質も違うのに、なぜか、ぼくには似て見える。
なぜだろう。
坂道の街のせいか、ほのかな海の香りのせいか。
Y秘書と同年配の若さで、まったく思いがけず「ガンかもしれない」と医師に告げられたひとの様子が何も分からないままなので、このごろいつも胸の奥でぼくはひとり、沈んで考えている。
ぼくは、次の日本に必要な人材だと、本気で感じている。能力も人柄も、その哲学も。日本人には、こんなに将来のあるひとがいる。
そのことに、女も男も関係ない。
シスコを歩いていると、ボストンに深い縁のあるこの人材の前向きな、積極性いっぱいの気持ちのよい言葉や立ち居振る舞いが思い出される。
天よ、この人材を、どうか支えてください。
のんびり屋運転手さんの、つまり、ちといい加減なところのあるアメリカ人運転手さんのタクシーは、最後は、好人物らしく穏やかにホテル玄関に着いた。
街はもうクリスマスカラーで満ちている。
みんなに、みんなに、よいクリスマスが来ますように。